拾
「詩は、詠えるか?」
誰も居ない放課後の屋上。神楽は刹那を呼び出す成り、そう問い掛けていた。
「歌は余り得意じゃないけど……」
神楽の質問の意図が解らなかった。
「其の歌じゃなくて、詩だ」
「言っている意味が、解らないんだけど……?」
「其の様子だと、矢張り駄目か……。《捧ぐ者》には、祈りの詩が詠えるんだが、何か伝承されていないか?」
「祈りの……詩?」
「そうだ。何も心辺りは無いのか?」
幼い頃、母が子守唄を詠ってくれた事が在る。もしかしたら、神楽は其の事を言っているのかも知れない。尤も随分と前の事だ。虚覚えなので、全てを詠えるかどうかは解らない。
死んだ母との唯一の繋がりなので、一つだけ成らば口遊んでいる物が在る。
心を落ち着けて、刹那は詩を口遊んだ。
「其れだ。今のは、護りの詩だ。邪悪なる者から、身を防ぐ事が出来る」
其の刹那、嫌な気配を感じた。
羅刹と出逢ってから、魔徒が顕れると嫌な気配を感じ取る事が出来る様に成っていた。
今度の気配は今迄で一番、嫌な物を感じた。其れも複数、感じ取る事が出来る。其れは、危機が迫る事を意味している。校内には多分、未だ人が残っている。どうにかして、助けなければ為らない。
「神楽さん……此れって?」
「間違いなく魔徒の気配だ。かなり、特殊な部類だな。おまけに、数が多い……」
神楽から、焦りの色が窺えた。動揺はしていないが、事を急いでいる様に思えた。
「刹那ちゃん。残念ながら、羅刹は未だ遠くにいるわ……」
頭の中から、タリムの声がした。
——羅刹が居ない。
其れは詰まる処、自分達だけで何とかしなければ成らないと言う事だ。
「今、私の従者を呼び寄せている。先ずは、合流しなければな……」
いつもは、羅刹の陰に隠れていた。
だが今回は、羅刹は居ない。心の奥底に、不安な気持ちが渦巻いているのが解る。どうにかして、乗り切れなければ為らない。何としても、羅刹が来るまで、皆の命を護り抜かなければ為らない。羅刹は必ず来る。
——そう。必ず、助けに来てくれる。今迄がそうで在った様に、今回も必ず現れる。
其れまで、必ず持ち堪えなけば往けない。
「どうやら、初陣の様だな。今……此処で、覚悟を決めろ!」




