第二話:雨の赤龍、魂の継承
第二話:雨の赤龍、魂の継承
広島を濡らす雨は、鉄錆と潮の匂いがした。
高校を中退し、生きる目的を文字通り「焼失」した河井龍雄が、その夜、場末の地下駐車場へと足を踏み入れたのは、単なる雨宿りではなかった。心の奥底で燻り続ける、戦いへの未練が彼を導いたのだ。
非合法試合場――『黄金剣闘会』。
そこは、数千万のマブイを注ぎ込んだ最新鋭の「からくり」たちが、互いの核を壊し合う鉄と血の祭壇だった。
狂乱する観客の怒号の中、龍雄はリングの端に立つ「異物」に目を奪われた。
ボロボロの革を巻いた旧式の盾槍。それを構えるのは、痩せこけた男、椎名だった。
対戦相手の大型機が、過負荷寸前のマブイを右拳に集束させ、爆音と共に放つ。
だが、椎名は微動だにしない。
赤い盾が、大気を震わせる衝撃波を「無」へと変える。まるで、荒れ狂う奔流が巨大な穴に吸い込まれるかのように、光の粒子が盾の龍紋へと消えていく。
「……波を見ろ、小僧。力に抗うな、力になれ」
椎名と目が合った。その瞬間、龍雄は息が止まるのを感じた。椎名の瞳は、絶望の果てに辿り着いた者だけが持つ、凍てつくような静寂を湛えていた。
次の瞬間、盾に蓄えられた破壊のエネルギーが、槍の穂先へと逆流する。
一閃。赤い軌跡が大型機の重装甲を紙のように切り裂き、その核を粉砕した。
それは龍雄が「マブイ不足」で諦めた銃剣道の、究極の完成形だった。
しかし、奇跡の代償は残酷だった。
最終戦、違法増幅器を積んだ暴走機体を仕留めると同時に、椎名の機体からも不気味な軋み音が上がった。
勝利の歓声が去った後の、静まり返った地下控室。
龍雄が吸い寄せられるように扉を開くと、そこには床に崩れ落ち、激しく血を吐く椎名の姿があった。
「あんた……死ぬのか」
絞り出した問いに、椎名は力なく笑った。震える手で赤い盾の装飾をなでる。
「死ぬ……? 違うな。俺のマブイは、もうこの『赤龍』の中に移し終えた……。この身体は、使い古したただの器だ」
椎名は、火傷跡の残る自らの腕を見せた。それは龍雄のものと同じ、挫折と足掻きの刻印だった。
彼は龍雄の冷え切った手に、重い槍の柄を握らせる。
「お前……いい目をしている。マブイが足りなくて世界に背を向けられた、負け犬の目だ。だがな、龍雄……『無』は『空っぽ』じゃねえ。何でも受け入れ、何色にでもなれる、最強の器なんだよ」
椎名の身体から、蛍のような光――マブイの残滓が霧散し始める。
彼が最後の息を吐き出した瞬間、龍雄が握っていた槍と盾が、ドクン、と力強く一度だけ鼓動した。
命が、鉄へと移った。
龍雄は、返り血と油にまみれた赤い盾を抱え、暗い地下通路を歩き出した。
背負った槍の重みが、椎名の人生そのもののように肩に食い込む。
腕の傷跡が、継承の儀式のように熱く疼いていた。
「俺は、まだ終わっていない。……俺たちは、ここにいる」
広島の冷たい雨の中。
絶望を喰らって成長する新たな「赤龍」が、静かに産声を上げた。




