第一話:紅き盾、魂なき者の咆哮
第一話:紅き盾、魂なき者の咆哮
広島の海は、あの日と変わらず静かだった。
かつて厳島神社の朱塗りの鳥居を仰ぎ、「守るための槍」に憧れた少年、河井龍雄。しかし、今の彼の両腕には、栄光の代わりに火傷のような生々しい傷跡が這い回っている。
高校時代の龍雄は、誰よりも銃剣道に身を投じていた。だが、この世界の残酷さは「マブイ(魂エネルギー)」という無慈悲な数値によって、少年の努力を無に帰した。
龍雄のスペック:コアマブイ『1』。
対して、周囲のエリートたちは当然のように『500』を超える天賦の才を振るう。
「マブイゼロの欠陥品が、神聖な道場を汚すな!」
インターハイ予選。放たれた黄金の斬撃波は、龍雄が構えた訓練用の盾を紙細工のように粉砕した。場外へ吹き飛ばされ、泥を舐める龍雄に浴びせられたのは、観客からの冷笑と、指導者からの引導だった。
さらに追い打ちをかけるように、その後の合宿で起きた『からくり事故』。制御を失った機械の暴走により、龍雄の両腕は焼かれ、残ったわずかな魂の残り火さえも磨り減ってしまった。
「……俺には、もう何もない」
剣を捨てた龍雄は、広島の港近くにある、潮の香りが染み付いた安アパートで、死んだように日々を浪費していた。
そんなある雨の夜。仕事帰りの場末の地下街で、剥がれかけの一枚のポスターが彼の足を止めた。
『魂を賭けた本物のチャンバラを。――マブイゼロでも、戦う意志はあるか?』
導かれるように辿り着いたのは、潮風と油の匂いが混ざり合う廃倉庫の地下試合場だった。
鉄柵の向こう。怒号が響くリングの上で、龍雄は「それ」を見た。
一人の男が、赤い盾を構えて立っている。
椎名――「赤龍」の異名を持つその男もまた、マブイの乏しい『持たざる者』だった。しかし、彼は最新鋭のマブイ増幅器を積んだ大型機を相手に、たった一枚の盾で立ち向かっていた。
轟音。相手が放つ、目も眩むような大出力の熱線が椎名を襲う。
だが、椎名は動かない。赤い盾が鈍く、血のような輝きを放った。
「……喰らえ」
椎名が低く呟く。
次の瞬間、盾が吸収したはずのエネルギーが逆流し、椎名の持つ槍へと集束していく。
「無の盾」の真価。相手の力を奪い、自らの牙へと変換する。
龍雄の全身に、忘れかけていた戦慄が走った。自分が求めていた「答え」が、そこにあった。
だが、奇跡には代償が伴う。
激闘の末に勝利を収めた椎名だったが、その体は限界を迎えていた。試合後、控え室の片隅で崩れ落ちた椎名に、龍雄はたまらず駆け寄った。
「椎名さん! しっかりしろ!」
椎名は青白い顔で、だが満足げに笑った。震える手で、血のついた槍と盾を龍雄に押し付ける。
「……マブイが尽きても、剣を握れるだけで、俺は生きてる実感がした。お前も……その腕の傷、格好いいじゃねえか」
椎名の体が、薄く発光し始める。魂散逸――この世界で、魂を使い果たした者が迎える静かな死だ。
「継げよ。……お前の、槍を」
椎名の体は粒子となって消え、龍雄の手の中には、冷たく重い、赤き盾だけが残された。
数ヶ月後。
からくりチャンバラ公式大会のリングに、一人の男が立っていた。
黒髪を短く刈り込み、傷だらけの両腕を堂々と晒した寡黙な剣士――河井龍雄。
対戦相手が嘲笑とともに、大出力の斬撃を放つ。
龍雄は動じない。赤い盾に刻まれた「龍」が、飢えた獣のように赤く脈打つ。
「……ここだ」
最小限の動き。吸い取ったマブイを、槍の切っ先へと流し込む。
瞬間、二メートルを超える槍身が雷光となって伸び、相手のコアを一点突破で撃ち抜いた。
「一本! 勝者、河井龍雄!」
静まり返る会場。龍雄は倒れた相手に歩み寄り、無言で右手を差し出した。
かつて自分を救った、あの日の椎名と同じように。
「立て。お前はまだ……剣を握れるはずだ」
広島の海に、新たな龍が産声を上げた瞬間だった。




