マイラVSアンコⅢ
「!!」
アンコは頬を膨らませると口に含んでいた針をマイラの目に噴射した。
だが、マイラも反応し咄嗟に右手で防ぐ。
「うっ」
針を防いだ直後、右足に激痛が走った。
見るとズボンの右腿部分が血で染まっている。
アンコはマイラがガードした隙を突き、左手に持ったスティレットで右腿を刺したのだ。
「形勢逆転だね」
血の付いたスティレットを舐めながらアンコは目を細めた。
「いくよ」
マッハによりスピードを増したアンコの突きがマイラを襲う。
「くっ」
痛みを堪えながら何とか攻撃を躱すも、アンコは続けざまに攻撃する。
怒涛の攻撃を何とか凌ぐマイラだったが、怪我の影響で動きが鈍り何発かの攻撃が体を掠めた。
「その足でどこまで耐えられるかねえ」
優位に立ったアンコは余裕の笑みを浮かべると、再び猛攻を開始する。
「マイラちゃん」
防戦一方のマイラに戦況を見守っていたジーナは心配そう呟いた。
「大丈夫ですよね?」
「……」
「……」
問いかけに答えることなく、無言のホーガンとマイに不安が募る。
「限界なようだな」
「はい。まさかこの程度とは」
二人はマイラのことを言っているのだろうが、それならあまりにも酷すぎる。
確かにギフトを外したのは過信だったかもしれないが、それでもマイラはよく戦っている。
そもそも、クレリックとアサシンの戦いが、戦いとして成立していること自体奇跡なのだ。
それをあんな言い方をするなんて、ジーナは許せなかった。
「そんな言い方、酷いじゃないですか!」
怒号を上げるジーナに二人は目が点になる。
だが、すぐにマイはジーナが言わんとしていることを察し、優しい目でジーナを見た。
「ジーナよく見なさい」
マイに宥められ、冷静さを取り戻したジーナは言われた通り戦いに目を戻した。
「えっ?」
そこには先程と同じく防戦一方のマイラの姿があったが、マイラの動きが違っていた。
防戦一方なのは同じだが、攻撃の躱し方に余裕があり、安心して見てられるのだ。
「わかりましたか?」
「はい。マイラちゃんの動きがよくなっています」
右腿を刺され、普通であれば追い詰められていくはずだ。しかし、追い詰められるどころか、余裕が出てきたように見え、逆に攻撃しているアンコの方が辛そうな感じさえする。
「いったいなぜ?」
ジーナはぽつりと呟いた。
「相手の動きが鈍くなったのです」
ジーナはマイラの動きが変わったと思ったが、実は逆だ。
マイラではなくアンコの動きが遅くなったのだ。
高速移動を可能にするマッハだが、肉体への負荷もそれないにかかる。
当然、レベルが上がれば負荷も上がる。
アンコがレベル2のマッハを、あれ以降見せないのは、使わないのではなく、使えないからだ。
故に物理スキルを使う天職は、スキルの負荷に耐えうる体をつくるために鍛錬するのだ。
だが、鍛錬を怠っていたアンコの足は限界が近く、レベル1のマッハでさえスピードを保つことが出来なくなっていたのだ。
「クソッ」
これまで、こんなことはなかった。
マッハを使えば勝負がついたからだ。
言い換えればそれで勝負がつくような相手としか戦ったことがなかったと言える。
しかし今回は違う。
最速の突きを躱され、何度もマッハを使った。
その結果、スキルによる負荷で、スピードが保てなくなった。
「いいかげんくたばり、うっ!」
遂にアンコの足は限界を迎えた。体を支えることができず膝から崩れ落ちる。
足に力が入らず、プルプルと痙攣している。
「何なんだよ!」
この状況に一番困惑していたのはアンコだった。
レベル1のマッハ程度、前はもっと使用することができた。あの頃はできたのだ。
そう、魔蛇に入る前のダンジョンを探索していたあの頃は……。
アンコはDランクのワーカーだ。
ワーカーがランクを上げるには紹介所の仕事をこなす必要がある。
つまり、アンコもDランクになるまでは紹介所の仕事を受けていたのだ。
当時のアンコはユニオンには所属しておらず、試験の時から変わらぬメンバーとパーティーを組み活動していた。
ただ、他のメンバーはお世辞にも強いとは言えず、アンコは一人抜けた存在だった。
最初はみな努力しており、強くなってくれる思っていたが、縮まるどころか開く力の差にアンコの考えは変わっていった。
パーティーとはいえ、なぜ弱者を守らなければならないのかと。弱い奴らは自分に守られ楽をし、自分は損をしていると。
ワーカーの仕事をするのが馬鹿馬鹿しくなったアンコはパーティーを抜けた。
そしてチュンに出会った。
チュンの言葉にアンコは思ったのだ。
今までは弱者を守って損してきが、これからは弱者から奪い取ってやると、それが当然だと。
パーティーを組んでいたあの頃は、ダンジョンで魔物と戦っていたあの頃は、メンバーを守るため、はたまた敵を倒すため幾度となくスキルを使っていた。それこそ今回よりもずっと。
アンコは気付いていなかった。魔蛇に入り、鍛錬もせず、弱者を脅すことしかしてこなかった自分が弱くなっていることに。
「クソがー!」
力の入らない足を叩きながら喚くアンコに影が落ちる。
顔を上げると、そこにはマイラの姿があった。
その時、けたたましい咆哮が闘技場に響き渡った。
その咆哮にマイラは微笑むも、すぐに表情を戻す。
「こちらも終わりにしましょう。負けを認めてください」
淡々と話すマイラにアンコの表情は険しさを増す。
「ふざけるな!」
アンコは大声で叫んだ。
自分は一度の攻撃も受けてない。受けてないどころか、相手は攻撃すらしていない。
これで負けを認めれば、自分が強いと勘違いした挙げ句、自滅したただの道化だ。
実際にはその通りなのだが、そんな醜態を認めることはプライドが許さなかった。
「負けなんか認めるもんか! あたいはまだ終わっちゃいない!」
「……そうですか、仕方ありません」
言うが否や、背後に回り込みしゃがんだマイラは、自身の左腕をアンコの左腕に絡め腋から背中に通して肩を固めると、右腕で顔面を締め付け左右の手をクラッチした。
『チキンウイング・フェイスロック』
「ぐががが…」
肩と首が極められ身動きが取れず足をバタバタするアンコだったが、時間とともに、その動きも緩慢となり全身から力が抜ける。
締め上げられる激痛に耐えることができず、気を失ったのだ。
「あなたの敗因は自身の力を過信して鍛錬を怠ったことです」
立ち上がったマイラは倒れているアンコを見下ろしながらそう呟いた。
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