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お姉ちゃんへ
前略
日も少しずつ長くなるのが感じられる中、転居入寮の準備は順調に進んでいますでしょうか。我が家のほうでも晴れて入寮が決まり、家中で準備に大忙しとなっています。自治会発行の入寮案内はご覧になっていると思われますが、色々と用意するものが多く大変です。この間は「靴底が飴色の体育館履き」を入手するために、入学以来久々に学用品店を訪れました。卒業式の後からこうしたお店に行くのも不思議な感覚を覚えましたが、他の靴屋さんでは売っていなかったので仕方ありません。後で調べたら通販でも買えなくはないようでしたが、お姉ちゃんはどうやって調達したのでしょうか。
それはともかく、三十一日には入寮が、来月の四日には入学式が迫って参りました。いよいよコンセルヴァトワールの学生として第一歩を踏み出す時が訪れた格好です。ずっと憧れていたものも、中に入ってみればあっという間に過ぎてしまうものかもしれませんから、今の内に憧れるだけ憧れておきたいと思います。
自治会から連絡があったと思いますが、障害のある学生同士が集まったフラテルニテがあるそうで、入寮後はそちらにお世話になればよさそうです。次の運営委員会学生部会長さんを輩出したフラテルニテだそうなので、入学後のバリアフリー化にもなにやら期待を持たせます。外からではなかなかそういった学内政治のことは分かりませんが、おいおいそういったことにも通じていくようになっていくのでしょうか。
一体、コンセルヴァトワールの学内政治は複雑で、運営委員会発行の入学のしおりを読むだけではなかなか分かりません。自治会が学生総会の常務委員会として機能すること、部活動や委員会が運営委員会の予算支出権に服すること、学生総会が人事承認権を持つことなどはしおりに書いてあった通りですが、フラテルニテの非公式な役割や選挙の仕組み、自治会の運営などについては入学後に学ばなければならないことばかりで、今からでも頭が混乱しそうです。
入寮前は我が家に泊まりに来てくれること、大変嬉しく思います。入寮日が近付くにつれて緊張と不安で寝付きが悪くなっていたので、お姉ちゃんが一緒に寝てくれるのは安心です。これではお姉ちゃんを守るどころか、お姉ちゃんに守られてばかりで悔しいですが、私は修学旅行でもずっと先生と一緒に過ごしていたので、こうした同年代の学生で集まって生活するのは初めてなのです。お姉ちゃんは修学旅行の時などはどう過ごしていましたか。よく考えれば、お姉ちゃんのことはまだまだ知らないことばかりです。
私の修学旅行は京都・奈良の定番コースでした。東大寺の大仏様を見たり、世界遺産の社寺を巡ったりと行程は月並みでしたが、普段京都に行くときは観光地には行かないので、なかなか楽しいものでした。ただ、他の生徒は班を作って自由行動の機会があったのに、私たち支援学級は先生とのお土産の買い物旅行になったのは少し残念でした。銀閣寺さんに行ったときは北白川の家が近いなと思ったり、三十三間堂に行ったときはお姉ちゃんの学校が近いなと思ったりしましたが、当時はそれだけでさっさと帰ってきてしまいました。お姉ちゃんは広島に行ってきたそうですが、普通学級の人と一緒にどう過ごしてきたのでしょうか。まだ聞いたことが無かったので、同じことばかり気になってしまいます。
コンセルヴァトワールでは修学旅行ではなく研修旅行という名目で、韓国や台湾の姉妹校との交流が主となるようです。隔年で訪問している場合、私たちの学年は台北の国立音楽院との交流行事になるのだと思います。きっと初めての海外旅行になると思いますが、私たちの場合話す機会が少なくて済むのはメリットかもしれません。噂に聞くイミグレーションの問答もやってみたかったような気もしますが、やらなくて済むならそれに越したことはないかもしれません。それでも英語と簡単な中国語は書けるようになっていないといけない訳で、その勉強が今から若干憂鬱です。
こんなことばかり書いていると、不安だなんだと言いながら合格出来て浮かれているんじゃないかと思われるかもしれません。確かに期待することや楽しみなことが多いのも事実ですが、浮かれポンチと思われては心外です。むしろ最初に書きました通り、惜しまなければ日常の中に流れて行ってしまうものを今の内から惜しんでいるというのが正確です。それを浮かれているというと言われれれば返す言葉もありませんが、少なくとも能天気に浮かれているわけではありません。
お姉ちゃんこそ合格して浮かれた言葉の一つも聞きませんが、やはりリセに行きたかったのではないですか。私のために無理をしていませんか。十五歳で初めての一人暮らしをする準備で忙しいのかもしれませんが、気丈なことばかりを仰るのもこちらとしては心配になります。たまには浮かれたことの一つも聞かせてくれた方が安心できます。少しずつ弱音は聞かせてくれるようになりましたが、もっと弱みのある部分を見せてください。私からあなたへ、もっと与えられるように、あなたの受け取る姿をもっと見せてください。
少し強い言葉になってしまいました。これも妹の我がままと思って許してください。続きはまた会ってからにしましょう。
今夜もまた遅くまでかかってしまいました。おやすみなさい。明日も良い一日でありますように。
草々
三月二十四日
秀子より




