#14 ロメリアの村
エルのお仕置きが終わった僕は馬さんにお願いして街道から外れた道で大きくさっきの町を遠回りして、街道に戻ると指示された村に向かう。
教えて貰った通り、一日では村に到着出来ず、野宿をする。そこで僕は異世界の服装に着替えた。
「普通の服装ってこんなに快適だったんだな~。体が軽い」
騎士の鎧とか着ていたからせいかも知れないけどね。ただしこの異世界の私服の弱点も判明した。滅茶苦茶寒い。エルがジャージを着て、温かいと言った気持ちが分かった。
服を見ると僕達がいた世界との違いは明白で布地が薄く、雑な作りとなっている。これは恐らく僕らがいた世界の様に機械で生産していないのだろう。この布地を見ると機織り機すらあるのか疑わしい。
異世界に来ると自分達の生活がどれだけ贅沢だったのか理解してしまうな。因みにエルはまだジャージ姿だ。問題を起こしたのはエルの方なんだから服を買えなかったことに文句は言わせない。最も俺が寒そうにしているから本人はなんとも思ってい無さそうだ。
その後、僕が買って来た果物とお肉を料理する。そうは言っても焼くだけなんだけど、エルはお興味津々だ。
「お肉も魚と一緒で焼くんですか?」
「え? 焼かないの?」
「私はいつも生で食べてました」
牛肉は生で食べれても問題ないとは聞いているけど、それはちゃんと生で食べても大丈夫だとという検査を受けた肉の話だ。僕らの世界のノリで食べる勇気はない。良い子は十分加熱してからお肉を食べましょう。お肉が焼き上がり、二人で食べてみる。
「美味しくはないけど、美味しく感じるな~」
「そうですか? とっても美味しいですよ! あむ! んん~」
空腹が最大の調味料という言葉に納得しているとエルも美味しそうに食べる。今日エルはお肉は焼くと美味しくなると学んだのだった。
ここでエルと今後の話をする。何気に旅の目的とかはっきりさせていなかったんだよね。
「エルの旅の目的はやっぱり自分の家に帰ることになのかな?」
「はい!」
「僕としては手助けしてあげたいんだけど、竜人族の住処ってここから大分遠いらしいんだよね」
「それぐらいは分かってますよ。だって、私の家は一杯の水に囲まれていましたから。それに水と空には私達の力が働いていて簡単には到着出来ないんです」
話を聞いた限りではエルの住処は島っぽいな。空が飛べないエルが見える範囲なんて大陸とは思えないからね。
「それじゃあ、エルはどうするの?」
「それが分かったら、苦労しません。はむ!」
帰りたい目標はあるけど、現状どうしようもないって事か。すると今度はエルが聞いてくる。
「カナタの旅の目的はどんなのですか?」
「魔王を倒すことは他の皆に任せばいいし、明確な目的は無いかな? 今は落ち着ける場所を見つけて、普通の生活を出来たらいい感じだね」
この目的はアークスさんとリースのお陰でほぼ達成といっていい状況だ。これを聞いたエルが感想を言う。
「なんだがカナタから私と同じ匂いを感じます」
「一緒にしないでくれる? 僕はエルと違ってお金を稼ぐつもりでいるし、レベルも上げたいと思っているんだからね」
「私も思ってますよ」
「え!?」
「なんですか? その意外そうな顔は? とっても失礼ですよ! カナタ!」
エルがお肉を持ちながら襲い掛かって来た。だって、エルがお金を稼ぐとかレベルを上げたいとか考えているとはとてもじゃないが思えなかった。その証拠に僕が家で住むことをエルに教えると当たり前のように言ってくる。
「じゃあ、私もそこに住みます」
「さっきの発言はなんだったのさ」
僕の言葉にエルは耳を閉じた。聞こえないアピールだ。本当に反応が子供なんだよね。僕は息を吐きながら夜空を見ているとエルが聞いてくる。
「カナタは夜になるとよく上を見ますよね?」
「ん? あぁ、この世界の星空は僕達の世界のと違っていてね。それに僕らの世界と比べるとよく見えるんだ。だからつい見上げちゃうんだよ」
灯りが少なくなのが原因なんだろうけど、本当に山で見るような満天の星空が広がっている。
「星空とは何ですか?」
「知らないか。空にキラキラ光っているのがあるでしょ? あれを僕達の世界では星って言うんだ。それが空に沢山ある光景を僕達の世界では星空と呼んでいるんだよ」
「へぇ~。私はお父様からあのキラキラは死んでいった歴代のドラゴン達の魂だと教えられました。夜になると私達を見守ってくれているんだそうです」
「それは中々素敵な考えだね」
僕達の世界にも死んだ人は天に上がって、生きている僕達を見守ってくれているという考え方はある。それをドラゴンもしているなんてちょっと意外だった。もう一度、夜空を見るとなんとなく違う光景に見えるから不思議だ。
「カナタは星空が好きなんですか?」
「好きだよ。僕の名前の由来にもなっているからね」
「名前の由来ですか?」
「あぁ~……なんて言えばいいのかな? 僕達の世界じゃ、名前に色々な願いや思いを込めて名付けたりするんだよ」
有名人と同じ名前を付けるにしてもそこには願いが込められていると僕は思っている。僕の名前の場合は言葉を独自の解釈で願いを込めているパターンだ。
「へぇ~。では、カナタの名前にはどういう意味があるんですか?」
「僕の父さんによると辛いことや悲しいことがあっても夜に輝く星の様に輝いて欲しいって言ってたね」
「素敵な意味ですね~。なんとなくですけど、カナタにピッタリだと思います」
『それには我らも同意しましょう。主こそ我らの希望の星です』
黎明の言葉はちょっと重いかな。それでもそう思ってくれたなら素直に嬉しく思う。
「ありがと。そろそろ寝よっか」
「はい!」
僕が火を消している間にエルは寝袋を確保していた。もう怒る気力もしない。
翌日の天気は雨。しかし食料と水がたっぷりあり、敵襲なしの普通の旅を満喫した。なぜ最初からこういう旅が出来なかったんだろうと疑問に思う程の快適な旅だった。ま、初日にエルと遭遇したのが僕の運の尽きだったんだろう。雨に降られたからこの日に指定された村へ到着することは出来なかった。
そしていよいよ翌日、村が見えて来た。まずは暗くなる前に馬車で森の中に入る。この瞬間、僕の国外追放は達成された。すぐに街道に戻ると言われた通りに街道から外れた草原で野宿をし、リース達を待つことにした。
「カナタ、他のご飯が食べたいです」
「それじゃあ、ずっと変な臭いを放っているエルが倒した魚をあげよう」
「い、今のままでいいです!」
焼いたら、少しは保存が聞くと思ったけど、これが大間違いで徐々に異臭を放って来ている。敢えて今まで触れて来なかったんだけど、食料には余裕があるし、最悪僕だけ村に入って買い物だけすればいい。その結果、土に踏めて木の枝を刺して簡易的なお墓を作った。
「君達が僕達の空腹を一時満たしてくれたことを忘れない。安らかに眠って欲しい」
エルと二人で祈りを捧げて、寝ることにした。すると翌朝予想外の光景を見ることになった。僕が馬車から顔を出すと謎の青い液体の塊が蠢いていた。
「何これ!?」
『ニュルニュルですね。この世界ではどこにでも生息している下位のモンスターです』
酷い名前だな。そこでエルが馬車から顔を出す。
「どうしたんですか? カナ……な、ななななな!? そ、それは!? あの時の!?」
どうやらエルの服を溶かしたモンスターはこいつらしい。エルが大混乱に陥り、僕に攻撃してなど無理難題を叫び続けている中、僕は黎明に聞いてみる。
『どうしてこんなにいるんだろう?』
『昨日捨てたモンスターが原因でしょうね。ニュルニュルはモンスターの死骸や排出物、分泌物が好物だと言われています。このことから自然界の掃除屋とも呼ばれているモンスターみたいですね』
これを聞いた僕はニュルニュルが結構いいモンスターなイメージを持った。それを感じ取った黎明が言う。
『確かにニュルニュルは汗が染みついた衣服を食べることはありますが基本的には人体にダメージを与えることはありません。しかしそれは通常のニュルニュルの話です。成長し、進化すると町を丸ごと呑み込むモンスターになります。取り込まれると脱出が出来なくなり、極めて危険なモンスターになりますね』
巨大スライムが町を襲う光景を思い浮かべる。それは危険なモンスターだな。さて、問題はこのニュルニュルをどうするかだ。戦闘するのは論外。そもそも今の僕の状況は恐らくニュルニュルにとって、大好物に見えているだろうからね。そこで黎明に聞いてみる。
『どうすればいいと思う?』
『この馬車から出ないことを薦めます。この馬車は魔除けの術式がありますので、寄ってくることはありません。村からも距離がありますし、食事が終われば森の中に帰るでしょう』
それってつまり森の中にはこいつらがうじゃうじゃいるってことだよね。一気に森に入りたくなくなった。僕とエルが怯えている間にニュルニュルはいつの間にか姿が無くなっていた。
そんなニュルニュル事件があったりしたけど、他には何もなく一日が過ぎ、リースが来たのは次の日の深夜だった。雨の影響で僕達も到着が遅れたし、こればかりはしょうがないだろう。
「遅くなってすみません。カナタ様? いらっしゃいますか? リースです」
「あぁ……待ってたよ」
「無事ここに到着出来て、良かったです」
「生きた心地がしなかったけどね」
本当に今でもよく騙せたものだと思ってる。
「あの後、町はどうなりましたか?」
「また竜人族が入らないように警戒体制を敷かれました。それ以外は大したことはありませんでしたよ? ルーナリア王国の騎士様のおかげですね」
それって僕の事だよね?変なあだ名を付けられたものだ。
「その騎士様は国に一切報告していないんですけどね」
「そこは代わりにお父様がしておきましたから大丈夫ですよ」
アークスさんに感謝だ。ちゃんと報告が行っていないと僕が怪しまれることになる。しかし先に報告が行っているなら誤魔化しようはいくらでもある。例えば既に報告されていて、伝える必要がないと判断したと言えば納得して貰えると思う。
人によってはそれでも報告しろと言う人がいるかも知れないけど、僕は同じことを何度も聞くのは嫌な派だ。どれだけ対策をしても同じ苦情も何度も言ってくる人がいて、本当に面倒臭かった。そういう人はまず自分が考えた解決策を考えて欲しいと思う。そしたら、こちらもそれを元に解決策を考えるし、それで文句を言われる筋合いは無くなるんだからね。
「ありがとう。助かったよ。まだまだ詰めが甘いな~」
「ふふ。あ、詳しい話は移動後に……動けますか?」
「ちょっと待って下さい」
僕が馬さんと念話で話し掛けると起きてくれた。
「大丈夫みたいです」
「……そ、そうですか。では、こちらへ」
僕はリースの案内でリースの屋敷の敷地内にある馬小屋に案内され、そこに馬さんを預けて、エルを起こすがぐっすり寝ている。
「起きないんじゃあ、仕方ない。僕だけ美味しいご飯を食べに行くとしようかな」
僕がそういうと寝袋に入ったまま、エルが馬車から降りて来た。エルの芋虫化が進んでいるな。
「私も食べます!」
「ならまずは寝袋から出てきちんと挨拶しなさい」
「竜人族のエルです!」
出て挨拶するように言ったのに出ずに挨拶した。僕は挨拶しようとしたリースを手で止める。流石にこれからお世話になる人にこの態度は頂けない。
「エル」
「嫌です! ここからは絶対に出ませんよ!」
「ならまた尻尾を握るよ」
「そしたら、また雷撃を浴びせます!」
「その瞬間、エルはこの村の人に見つけるよ」
この勝負は僕が勝利し、エルはしっかり挨拶した。
「よくできました」
「ふわ~……」
僕が頭を撫でるとエルが目を細める。そして手を離す。
「は!? 私は一体を何を!? ふわ~」
また撫でるとエルは目を細めた。面白いな。すると僕の気持ちの変動を感知した黎明が言う。
『愛撫を取る気になりましたか?』
『……そこまでして取らせたいの?』
『我が主の必殺技ですから』
頭を撫でる必殺技なんて聞いたことがない!するとそれを見ていたリースに笑われた。
「ごめんなさい。微笑ましくて。私はリース・ブルンハイム。ここロメリアの村の領主の娘です。よろしくお願いしますね。エルちゃん」
「はい!」
「それではお二人をまずは仮の小屋に案内しますね」
どうやらまだ家の準備が出来ておらず、取り敢えずリースの家の小屋で暮らすことになったらしい。
その小屋は木造で農具と毛布が置かれていた。これを見たエルは毛布にダイブした。本当に子供だった。
「すみません。ここしかなくて」
「全然いいよ。どっかの誰かさんに寝袋を盗られたせいでずっと馬車に寝転がっていたからさ」
「あはは……苦労して来たんですね。ところで先程のエルちゃんが入っていたのは異世界の物ですか?」
「そうですよ。僕もほとんど使ったことがないものなんですけど、風を通さなくて外に熱も逃がさないので、外でも温かく寝れるんです」
エルが毛布から顔を出して、頷いている。一番効果を実感したのはエルだろうからね。
「そんなものがあるんですね。旅に便利そうです。立派な馬車なら快適に旅が出来ますけど、普通の馬車は風を通して、寒いんですよね」
「それは実感しましたよ」
僕とリースが笑い合うとエルのお腹の虫が鳴った。
「美味しいご飯を食べれるのはいつですか?」
「……夜ご飯食べたはずなんだけどな」
「ふふ。ちょっと待っててくださいね。運んできますから」
流石に料理ぐらいは運ぼうと思ったけど、まだ屋敷の人に話をしていないらしく、今日はリースに頼むことにした。
そして運ばれて来たのはちゃんとした料理だった。僕のこの日のことを生涯忘れることはないだろう。この世界に来て、初めて食べるちゃんと料理した温かい料理は滅茶苦茶美味しかった。