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五話 朝市をひやかす二人



「そろそろ朝だぞ? 」


「ん…おはよ。」


 ジョゼフはシーラを揺すって起こす。

 朝日に照らされるシーツを纏っただけの彼女の姿は、とても美しく見えた。



「ちょっとあっち向いてて? 」


 ジョゼフが言われた通りに反対側を向くと、衣擦れの音が聞こえてくる。


「もういいよ。」


 ジョゼフが振り向くと、そこにはきちんと服を着こんだシーラが微笑んでいた。



「それじゃ、先に顔を洗ってくるね。」


 ジョゼフはシーラがバスルームに入ったのを確かめると、自分の服を整える。



 カーテンを開けて外を見れば、清々しいほどの青空が広がっていた。


――今日は市場に行ってからギルドに行って、そうそうシーラの冒険者登録もしなくては。


 旅に出るまでにしなくてはならないことはまだまだあり、ジョゼフは今日の予定を組み立て始める。



 バスルームで水の栓が閉められる甲高い音がしてきた。


「朝メシ、食べに行こうか。」


 バスルームから手ぬぐいを顔に当てながら出て来たシーラに、ジョゼフは言うのだった。




*



「シーラ!? あんたなにやってんの!? 」


 食堂に入り、山盛りとなっている食材から好きなものを取る形式となっている事を説明していたジョゼフとシーラに、そんな声が投げ掛けられた。


「あれ? セラ? 」


「あれ? じゃないわよ! 何やってんのさアンタ。向こうじゃ大騒ぎになってんのに! 」


「悪い…。ちょっと声を控えてもらえないか? 」


 ジョゼフは声を投げ掛けて来た女性と、シーラの間に割って入る。


 あまりにもその声は周りの注目を集めていたからだった。



 食事を盛り付けられるように、色々な場所にくぼみが付けられている木製のプレートを持ちながら、驚いた顔でシーラを見つめるのは、ショートカットの冒険者だった。


「この人は? 」


「あたしの旦那さま。」


「はあ!? アン…。」


 また叫び声を上げそうになっているセラの口をシーラは何とかふさぎ、周りの人たちに詫びながら席に着く。


「…何があったか説明してくれるんでしょうね。 」


 セラは二人を交互に睨みながら、そう言って腕を組んだ。



*



「はあ…。こんなのどうやって報告したら良いのよ。」


「だから、旦那さまが見つかったから、直ぐに帰ろうと思ってたの。ただ、一旦こっちに来なくちゃ行けなくって…。」


「そういう事じゃなくってさあ…。」


 説明を聞き終わったセラは、がっくりと肩を落とすと両手で顔を覆う。


 シーラは、野外での初訓練で脱走を図る事を決めており、すっかり油断していた監視役を振り切ると、一目散に森の中へと逃げ、そこで道を見失いジョゼフに見つけられたのだった。


 家出直後の話を聞いたのは、ジョゼフも初めてだったが、個人相手にする訓練としては、最上級のもののように聞こえた。



「それで? この人が旦那ってわけ? 」


「そう。『こんな美しい娘がこんなところに居るはずがない!』って言われちゃって、思わず『よし!試してみるがいい!』って言っちゃったの。」


「……。」


「本気で魔力も使ったんだけど、負けちゃった。」


「アンタが負けるって、ちょっと信じられないけどね…。しかもそのセリフって…。」


「そう! あの小説のやつ。だからもうね、この人だって! 」


「アンタのそういう所は嫌いじゃなかったけど、嫌いになったわ…。で、アンタがこの娘に勝って手籠めにしたってわけ? 」


 聞いていたジョゼフに、いきなり話が振られた。

 手籠めと言われて何と答えたものか迷い、思わず視線を泳がせてしまう。


「ま、まあ、そのあたりは良いじゃない? それよりもお腹が…。って、あれ?」


 シーラがすかさず言葉を挟むが、既にテーブルに並べられていた食事は跡形もなく片付けられてしまっていた。


 ジョゼフは、この世の終わりのような表情をしているどこか似ている二人を見て、微笑ましく思った。



*



「それじゃまた連絡する。必ずここに居てよ? 」


 食事にありつけないと解ったセラは、とりあえず報告に行かなきゃと慌てて席を立った。



「これからどうするの? 」


「どうするも何も…。まずはシーラの親御さんに挨拶をして、結婚の許しを貰わないとな。」


「…それは…とっても嬉しいけど……。そうじゃなくって…今日の話。」


「ああ……。それじゃ市場に行くか。」


「うん…。 」


 ジョゼフもシーラも何故か気恥ずかしくなり、少し顔を赤らめながら出掛ける準備をするため部屋へと戻るのだった。



*


 

「ねぇ。これってなに? 」


「それは大豆だ。食べた事ないか? 」


「あー。これがそうなんだ。中身しか見たこと無かったし。」


 ジョゼフとシーラは、朝市の開かれている露店を冷やかしていた。


 獲れたばかりの野菜や果物、そして肉や魚が並べられ、雑多な色と匂い、そして人混みの中を、手を繋ぎながら縫うように歩く。


 ジョゼフは手早くこの先の旅に必要な道具を揃えて行く。

 あっという間にジョゼフの背負っていた背嚢は一杯になって行った。



「手を離すなよ? 迷子になったら探すのが大変だ。」


「子供じゃないんだから…。」


「森の中で迷子になってた人の台詞とは思えないな。奥さん。」


「仕方ないでしょ!逃げるのに必死だったんだもん。」


「その無計画ぶりには驚いたけど。」


 口を尖らせながら言うシーラをジョゼフはからかう。



「あら!あんたたち! ん? 今日は隷属の首輪を着けてないのかい? 」


 突然二人は呼び止められ、声をする方を振り向く。


 そこには、昨日二人を追い出した露店のおばさんが仁王立ちで居た。


「ああ、昨日は済まない。彼女が着けていた首輪が隷属のものとそっくりな事を失念しててさ。」


「あんた。操られてた訳じゃなかったのかい? 」


 答えたジョゼフに怪訝そうな顔を向けながら、おばさんはシーラに向き直って聞く。



「もちろんです。まだ何もしてないですけど…結婚したばかりなんです。わたしたち。」


「そうだったのかい! ゴメンね…酷い事言っちゃったろ? 」


「大丈夫ですよ。だってあたしが無理やり心を操られてるって思って言ってくれたんですよね? むしろありがとうございます! 」


「なんだい。いい子じゃないか…。アンタ、この子を大事にしてやんなよ? 」


「もちろん。」


 ジョゼフはその広い胸を張って、屋台のおばさんに答えた。



「これ、美味しい! 」


「そうだろう。昨日食べさせてやりたかったけどな。」


 市場のところどころに置いてあるベンチに座って、二人は両手に焼いた肉を薄いパン生地で包んだ料理を食べる。


昨日のお詫びだと言って、おばさんがたっぷりと持たせてくれたのだった。


 中から溢れ出しそうになる熱い肉汁がパン生地に染みていて、一口齧るごとに口の中に広がる。

 ちょうどお腹が空いていたこともあって、二人はその料理を心ゆくまで味わい、あっという間に満腹となった。



「これ、癖になりそう。」


「そうだろ? またこのソースが美味いんだよな。」


 ジョゼフは手についてしまったソースを舐めり取りながら言う。


「だけど…あの機会を逃してたら、きっと逃げる事なんて出来なかった。そうしたらこんな事も出来なかったし、そもそもジョゼフにも会えてないのよね。」


「そう…だろうな。」


 あのまま二人が出会う事なく、お互いが別々の人生を歩む事になっていたら…。そんな思いが二人の頭を駆け巡る。


「あたしはね、本当に良かったって思ってるんだ。」


「俺だってそうだ。シーラに会わなければ、きっと一人で旅を続けていたろうな。望む望まざるに関係なく。」


 そうつぶやくジョゼフの顔は、どこか寂しげだった。



*



「ねえお客さん!ちょっと見ていってよ。」


 呼び掛ける声に引かれるように、シーラが露店に向かって行く。


 その店には、首飾りやイヤリング、指輪などの貴金属が無造作に並べられており、祭りの時にだけ来る露店商をジョゼフに思い出させた。


「せっかくの記念だ。安くしておくから見ていくだけ見ていって。」


 黒いローブを目深にかぶり、表情すら見えないが、その露店商はどうやら若い女性のようだった。


「こんな店は見たことが無かったな。」


 早速手に取って商品を眺めているシーラにジョゼフは言う。



「ジョゼフったら、実用品か食料の店ばかり見るんだもん。こうしたところも押さえておかないと、女の子に嫌われるよ? 」


「解った。肝に銘じておくよ。」


 その返事にシーラは満足そうに頷くと、大きめの赤い珠が入った金色の首飾りを手に取って眺め始めた。



「ねえ。こんなものをここで売っていて大丈夫なの? 」


「なんの事かな? お嬢さん。」


 とぼけた口調だったが、その声は楽しげに弾んでいた。



「まあ良いわ。それなら指輪ってある? とびっきりのやつで。」


「ほう。指輪かい? どんなのが良い? 」


「幸せになれそうなのってある…? 」


「そりゃ難しいね。幸せって言うのは人によって変わるもんだ。そんな曖昧な願いだと、叶うかどうか解らないよ? 」


「なんだ、シーラ。気に入ったのがあるのか?」


 真剣に指輪を見始めたシーラにジョゼフが尋ねる。なにもこんな露店で選ばなくとも…。と思ってまじまじと並べられた商品を見れば、どれも強力な魔力の輝きを放っていた。


「なんだ…これ…。」


「企業秘密ってやつさ。目利きの人にしか売らないけど。」


 その露天商はジョゼフにもふざけた口調で答える。



「なんだか悩んじゃうね。」


「こういうのはね、直感で選んだ方が良いものを手に出来るもんさ。」


「じゃあ、これにする。」


 それはシンプルな意匠(デザイン)の指輪で、中には透き通った小さな石が埋め込まれていた。


「ふふん。良いものを選んだね。じゃあ旦那さんはこっちだ。」


 ジョゼフも渡された指輪を見る。同じ意匠(デザイン)で、こちらは中央に赤い石が光っていた。


「試しに嵌めてみても良い? 」


「どうぞどうぞ。サイズもあるからね。」


 露店商は、手のひらを上に向けて前後に動かし、早く着けてみるように促す。


「大丈夫みたいね。」


「悪意の籠った術なんて掛けてないよ。失礼だな。」


 シーラがあれこれと眺めてそうつぶやくと、ふざけた口調のまま露天商は言う。


 それをみたジョゼフは、まずは自分が着けてみようと、左手の薬指にその指輪を嵌めた。

 その指輪は、ジョゼフの太い指にピッタリと納まり、まるで自分に合わせて特別に作らせたように思えた。


 シーラもジョゼフと同じように指輪を嵌め、その具合を確かめるように指先を振ってみたり、指でつまんで回したりしている。


「なんだか特別にあつらえたみたいね。」


「そうだろう? だって君たちの為に作ったものだからね。」


「どういう意味だ? 」


 ジョゼフが腰の剣に手を掛けながら言う。


「言葉のとおりさ。これで契約は成った。その指輪は君たちが探して得なければならないものの答えになるだろう。もしかすると奇跡だって起こせるかもしれない。それも君たち次第だ。」


 急に言葉の調子が変わり、まるで頭の中に直接響くような言葉が二人に聞こえてくる。


「待て! 」


 あっという間に目の前から消えて行くそのローブに、ジョゼフは腰の剣を抜いて斬りつける。

 だが何の手ごたえも無く、一瞬の後にはそこにはローブも、並べてあった貴金属や宝石類も、それに店すら無くなっていた。


「何だったんだ…今の。」


「わかんない。…でも、この指輪…はずれないよ? 」


 ジョゼフは指でくるくると指輪を回してみる。ちょうど良い大きさなので、くるくると回す事が出来た。だが、指から引き抜こうとしてもまったく外れる気配が無い。


 ただ、あのローブの女が言っていたように、何か悪意のあるようなものでは無さそうだとジョゼフは思う。

 その指輪から漂う魔力が、なんだかとても優しく感じられたからだった。


 だが、何か大きな事が始まっている。そんな不安を拭う事は出来なかった。



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