四話 国境の街に入った二人
「ジョゼフー。」
「なんだい? 」
「んふふー。呼んでみただけー。」
二人は西の国境沿いの街、ルデルに来ていた。
シーラはジョゼフの腕にぶら下がるように腕を絡ませて、身体をぴったりと寄せている。
頭の後ろでひとまとめにした髪が、嬉しそうに弾んでいた。
「さっきから、何度目だ? それ。」
「何度だって良いんじゃない? 」
「まあ、良いけどさ。」
「なにそれー。もうちょっと喜びなさいよ! 」
森を抜けて、畑が広がるあたりに入ってから、シーラは話が途切れる度にジョゼフの名を呼んでいた。
「なんだシーラ。こういう景色を見るのは初めてなのか? 」
何の変哲も無いただの田舎の景色だった。
そんな景色にはしゃいでいるシーラを、ジョゼフはからかう。
「うん。こんな景色を見るのは初めてなの。今までお部屋からも外は見えなかったし、自由に見られるのは訓練場から見える四角い空だけ。だから、空がこんなに広くって、大地には実りが溢れてて…。大好き! 」
シーラはジョゼフの前に回ると、ジョゼフの大きな身体を抱き締めた。
まさか、こんな当たり前の景色すら見たことも無いとは思わなかったジョゼフは、この娘も自分と同じような暮らしをしていたのかもと思い、急に愛しさがつのって来る。
「よーし。肩車してやる。剣をちょっと貸せ…。しっかり掴まってろよ! 」
「な…ちょ…ちょっと! 」
ジョゼフはシーラが背中に背負っていた大剣を鞘ごと取りあげて小脇に抱えると、彼女の足の間に頭を突っ込んで一気に持ち上げる。
「わあ…。すごい! 」
シーラの目には、田園がなだらかな丘を越えて地平線まで広がっている景色が映っていた。
*
「きぼちわるい…。」
「すまん。調子に乗った…。」
最初はのんびりと歩いていたジョゼフだったが、ルデル市の城壁が見えて来ると、シーラに早く早くと急かされて、最後には魔力で筋力を強化して走った。
最初はきゃあきゃあと喜んでいたシーラだったが、ジョゼフが目一杯で走り出したあたりから静かになり、城門の直前でとうとうもうダメとダウンしたのだった。
「気持ち悪くなったんだったら、これからは言ってくれ。」
「だって、最初はすっごく気持ち良かったんだもん…。首輪がダメだったかな…。」
涙目で訴えるシーラに、ジョゼフは仕方がないなと言う優しげな視線を送り、背中を擦る。
「次からは我慢しないでくれ。どうも俺は察するのが苦手でな…。」
「うん! 知ってるから。」
やっと調子が戻って来たシーラが憎まれ口を叩いて二人で笑い合う。
そうして不安そうに二人を眺めていた門番の衛兵の下へ向かうのだった。
*
「入市税で大銅貨一枚、お連れの方は…? 」
冒険者証となる胸元のタグを見せたジョゼフに衛兵が答える。
「ああ。これからギルドで冒険者登録をするんだ。」
「それなら大銅貨一枚。これに支払ってくれ。」
衛兵は鍵のついた箱を差し出す。ジョゼフは腰に付けていた革製のポーチから小袋を取り出すと、その木箱へと入れた。
朝方だと長い列が出来ていて、小一時間ほど待たされる事もあるが、さすがに昼も過ぎたこの時間になると、他に入市しようとする者もおらず、二人はすんなりと通る事が出来た。
「あまり無理をさせるなよ? 」
衛兵がジョゼフを見ながら言う。
「そうだな…。気を付けるよ。」
ジョゼフはそう言って衛兵に軽く礼をすると、また腕に絡み付いているシーラに向かって微笑むのだった。
街に入ってすぐの場所には、露店が立ち並ぶ商店街がある。朝方に入市してくるのは、大体がこう言った露店商だった。
他の市や村から商品となる雑貨や食料を仕入れ、人の集まるこの市で売る。そうやって彼らは生活をしている。
たまに掘り出し物もあるので、ジョゼフも店を冷やかすのは好きだった。
「ちょっと見ていきたい! 」
「この時間は売れ残りばかりになってるから、明日の朝にまた来よう。逃げてしまうようなものでも無いしな。」
シーラは興味津々な様子で露店を見に行こうとするが、ジョゼフはそう言って止める。
「まずは先に宿を取らないと。街の中じゃ野営は出来ないから、一旦外に出なくちゃならなくなる。」
「どうして街の中じゃダメなの? 」
「ここは城壁に囲まれているだろう? これは魔物や他国が攻めて来た時の為にあるんだ。だから常に人がいっぱいな事が一つ。」
「もう一つは? 」
「家をもたず、定住していない人が常に入って来ると、街の安全が危うくなる。」
「ふうん。」
シーラは街の様子を眺めながら、気のない返事をした。
*
「多分ここなら大丈夫だと思うんだがな。」
「へぇ…。結構立派なのね。」
大通りから狭い路地に入り、ところ狭しと並んでいる建物の間を抜けるとその宿屋はあった。
通りに掛けられている看板や、遠くに見える建物を見つける度に足が止まるので、大分時間が掛かってしまっていた。
「この街に来た時には、大体この宿に泊まっているんだ。朝メシがまた美味しくてさ。」
「それは楽しみね。それよりもお腹空いちゃった。」
「部屋が取れたら荷物を置いて昼を食べに行こうか。その後にギルドにも行かなきゃいけないし。」
「お昼も楽しみだけど、ギルドも楽しみ。前から行ってみたかったんだ。」
「話を聞いた事はあったのか? 」
「もちろん! だって魔族が身分証を作ろうと思ったら、冒険者になるしかないもの。セラがね…。あ、セラってあたしの幼馴染みたいなものなんだけど、よく人間の街に行ってて、話を聞くたびにいいなぁって思ってたんだ! 」
そんな話をしながら、宿屋のドアを開ける。
正面にあるカウンターには女性が一人おり、帳面に何か書き付けていた。
「やあ。カーミラ。今回もお願いするよ。」
ジョゼフが手を上げながら言うと、カウンターの女性が顔を上げ、ジョゼフの姿を見て微笑み、注いでシーラを見て固まった。
ジョゼフは年に数度はこの街に来るので、受付のカーミラとは顔馴染みだった。
「あ、ああ。いらっしゃいませ。ジョゼフさん。」
「受付をするから、ちょっと離れてくれないか? 」
まだ腕に絡み付いているシーラに言うが、逆にシーラは黙ってジョゼフの腕をぎゅっと締め付ける。
「どうした? 」
「いいの。このままで。」
まあいいかとジョゼフは宿帳に名前を書いて行く。
「今日は二人なんだ。いつもはシングルだけど…。部屋は空いてますか? 」
ジョゼフは少しだけ気恥ずかしさを覚えながら言う。
「ええと…。シングルは一部屋だけですね…。ツインとダブルでしたらお取り出来ますが。」
カーミラは、手元の台帳を見ながら言うと、ジョゼフに顔を向ける。
「ツインとダブルって何が違うんだったっけ? 」
宿屋は街に滞在する時にしか使わないジョゼフは、このあたりがよく解らなくなる。
「ツインはシングルのベッドが二つ、ダブルはダブルベッドのお部屋になります。」
「それじゃ、ツ「ダブルでお願いします。」…。」
ツインでと言い掛けたジョゼフの声を、シーラが遮る。
「それじゃダブルで…。」
言い出したらテコでも動かない時の表情がシーラに浮かんでいるのを見て、ジョゼフは大人しく従う事にした。
「それではお部屋は三階の301となっております。ごゆっくりどうぞ。」
そう言ってカーミラは鍵を渡すと、いつものような世間話はせず、頭を下げる。
「ああ。じゃ、今回も宜しく頼むよ。」
「…。」
何も言わないカーミラの事が少し気になりながらも、ジョゼフは階段を上がり部屋へと向かった。
「どうしたんだ? 急に。」
部屋に入ると、ジョゼフはシーラに尋ねる。
「なんか、ちょっと気に入らなかっただけ。憐れんでた気がしたの。あたしのこと。」
シーラは口を尖らせる。
「憐れって、そんな事はないだろう。」
「わかんない。ただね、女同士ってね、そういうの、なんとなく解るの。」
「…。」
こういう時の女性には、自分の意見を押し付けない方が良い。身をもってそれを知っていたジョゼフは、大剣を立て掛けて椅子に座り、黙って外を見ていた。
その表情はどこか悲しそうにジョゼフには見え、そんな思いをさせてしまっている事に心苦しさを覚えるのだった。
*
「そんで、昼飯を食いに行ってこんな男に付いていっちゃいけないって言われたって? こりゃ傑作じゃな。」
目の前で笑っているのは、このルデル市の冒険者ギルド長であるクリステンセン老だった。
「何がそんなにおかしいってんです? 」
ジョゼフとシーラは、あの後に軽く食事をしようと屋台で買い物をしている時、屋台のおばさんからこんなひどい男は見たことも無いと言われて、ほうほうの体で追い出されたのだった。
仕方なくそのままギルドに来て、ギルド長に今まであった事を報告し、何故か街の人の態度がおかしいと相談した。
すると、ギルド長は大笑いをしだし、ジョゼフとシーラは何が起こったか解らずに顔を見合わせていた。
「おかしいに決まってるじゃろう。その娘、シーラさんじゃったか、お主が嵌めている首輪は何じゃ? 」
「? 隷属紋が入った…あっ! 」
「そういう事じゃ。この間抜けはいつもの通りに首輪を嵌めさせたままここまで来た。一応そんな決まりにはなっとるがな。だが、こんな別嬪さんが女っ気など無かった男にベタベタしててみい。好意の無理強いなど、女どもが許すはず無かろう。」
そう言って、さらにギルド長は笑う。
「…。すまない…。シーラに恥ずかしい思いをさせてしまった…。」
ジョゼフは慌ててシーラに頭を下げる。
「良かった…。」
それだけ言うと、シーラは涙をこぼす。
「どうした? 」
「だって…。ジョゼフってダメなひどい人だったのかなって…。あたし何か間違ってるのかなって…。」
「ごめん。本当にごめんよ…。」
ジョゼフはシーラを抱き締めると、謝りながら頭を撫でた。
「ウォッホン! 」
「あ、ギルド長もすみません…。」
シーラがやっと泣き止んだのを見計らって、ギルド長がわざとらしい咳払いを漏らす。
「まあ、あれじゃな。このお嬢さんはジョゼフ、お主の嫁さんになったんじゃろ。首輪じゃなくてちゃんとした指輪を買ってやれ。そういうのは大事なんじゃぞ。」
「わかりました。」
「ゆびわ…? 」
「ああ、人の国ではね、結婚した相手に指輪を送り合う習慣があるんだ。」
「そう…なんだ…。よかった…うれしいよ…。」
またグズりだすシーラをジョゼフは抱き締め続けた。
*
「ギルド長は、シーラが魔族だと言っても驚かないんですね。」
シーラが落ち着くのを待って、ジョゼフはギルド長に聞く。相当驚かれるかと思っていただけに、拍子抜けしていた。
「そうじゃな。魔族が来ているのは知っておったしな。」
「本当ですか!? 」
意外な答えにジョゼフは驚く。
「嘘をついても仕方あるまい。冒険者に偽装して入って来とるんじゃろ? 」
「そんなところまで…。」
「ま、そのあたりの話はおいおいしてやるわ。まずはメシを食え。ワシのおごりじゃ。王都に早馬は出しておくから、その間はこの街でゆっくりするといい。」
そう言って、ギルド長は、また快活に笑うのだった。
*
「おかえりなさいませ。」
宿に帰って来たジョゼフと首輪を外したシーラを見て、カーミラはいつものように優しく微笑む。
「ジョゼフさんは、そういう人ではないと思ってました。先程は申し訳ありません。」
「いや、気にしないでください。これからお世話になります。」
深々と二人に頭を下げるカーミラに、シーラもそう答えて微笑んだ。
*
「美味しかったー。」
宿屋の部屋に戻ると、シーラは革鎧のまま大きなベッドに大の字になって寝転がる。
「こら。行儀悪いぞシーラ。」
ギルド長のおごりだと聞いて、街の有力者しか入れないような店かと期待したが、二人が案内されたのはギルド併設の酒場だった。
こういう所は倹約家と言うかケチケチしてると言うか、ギルド長らしいなとジョゼフは思う。
「そのうちもっと美味い店にも連れていってやるさ。」
「えー。太っちゃうかも…。」
「少しくらい太っても大丈夫さ。剣の動きが悪くなった方が勝負の時に俺が楽になる。」
「もう! 今に見てなさい! 」
ひとしきり笑いあったあと、風呂に入る事にする。ジョゼフがこの宿を選んだ理由でもあった。
「何も無理して一緒に入る必要は無かったんじゃないか? 」
「こら! 後ろ向かない! 」
「いてて。本気で叩くなよ…。」
どうしても一緒に入ると言って聞かないシーラだったが、明るいのは恥ずかしいと言って、ジョゼフに背を向けさせると、彼の後ろに滑り込むように湯船に入ってきた。
「明るい所で見ると、身体中凄い傷跡ね…。」
「ずいぶん無茶したからな…。あまり見ていて気持ちいいものではないだろ? 」
「ううん。そんな事ない。なんだかジョゼフの歴史を見てる気になる。」
シーラはそういうと、ジョゼフの背中に頭を預けた。
ルデル市の夜は更け、街は静まりかえって行く。
風呂から上がった二人は、どちらからともなく手を取ると、お互いの暖かさを求め合うのだった。




