十六隻でノアの曳航は可能なのか?
― 十六隻でノアの曳航は可能なのか? ー
― 宇宙空母ノア、前方 ―
宇宙空母ノアの曳航作戦が、始まろうとしていた。
広大な宇宙空間。そこには十隻の大型艦船と、
修理を終えた無人護衛艦六隻が集結していた。
大型護衛艦。輸送艦。探査船。油槽船。
それぞれ異なる任務を担い、異なる構造を持つ船舶たちが、今はただ一つの目的のために集められていた。
ノアを動かす。
その目的を果たすため、各艦は事前に計算された位置へと移動を開始していた。
艦船の配置を示す戦術モニターには、ノアを中心とした曳航編成が表示されている。
中央に配置されるのは、ノア所属の大型探査船《ビクトリー号》。
その周囲を大型艦船が取り囲み、さらに外側には無人護衛艦が展開する。
単純に船を並べただけではない。
各艦の推進力、船体の強度、連結部にかかる負荷、そして万が一の際に備えた離脱経路。
それらすべてを計算したうえで、配置は決められていた。
「第一連結班、位置を確認。指定座標に到達しました。」
『こちら第一連結班。接続準備に入ります。』
「第二連結班、重力制御タグボードの指示に従い出力を確認してください。船体に余計な負荷をかけないよう、慎重にお願いします」
『了解。出力、最低段階で固定します。』
無線を通じて、次々と報告が届く。
各艦の周囲では、作業用の小型艇が忙しく動き回っていた。
大型の曳航ワイヤーを運ぶ作業艇。連結箇所の状態を確認する点検艇。そして、船体の姿勢を安定させるための重力制御タグボード
作業は、一つ一つが慎重だった。
ノアの船体に設けられた曳航用接続部は、通常の船舶を牽引するためのものとは規模が違う。
巨大な方舟に加わる力は、わずかな偏りであっても無視できない。
一隻の艦が予定より強い推進力を発生させれば、その負荷は連結されたほかの艦にも伝わる。
さらに、ノアの船体そのものが歪むような事態になれば、曳航作戦どころではなくなる。
そのため、接続部には複数のワイヤーが使用され、重力制御タグによって船体間の位置関係と負荷の調整が行われていた。
「第三連結部、固定完了」
『第四連結部、接続位置を微調整します。あと三十センチメートル右へ。』
「了解。タグで押します。」
「第五連結部、固定完了。接続状態、異常ありません」
一つの連結が完了するたび、管制室のモニターに緑色の表示が増えていく。
だが誰も安堵の声を上げなかった。
まだ、始まったばかりなのだ。
ノアの船体は今も宇宙空間に静止している。
その巨体を前方から支えるように、曳航艦隊が少しずつ配置についていった。
― 宇宙空母ノア・艦橋 ―
「曳航艦隊、配置作業を継続中。現在、接続作業は全体の七割まで進んでいます。」
管制官の報告が、艦橋に響いた。
大型モニターには、ノアの前方に展開する艦船の映像が映し出されている。
十隻の大型艦船。
そして、その間を縫うように展開する無人護衛艦。
普段ならば、ノアを護衛するために周囲を警戒する船たちだ。
その船たちが今は、ノア自身を前へ進めるために働こうとしている。
艦橋中央の指揮席には、統合司令官キドウ・ヒメナが座っていた。
彼女は正面のモニターを見つめ、各艦の配置状況を確認している。
「……ゆっくりでええぞ。焦って失敗する方があかんからな。」
「はい。各艦とも、指定された手順に従って作業を進めています。」
副司令のチョウカ・ナツキが答えた。
「各艦の稼働状況も、現在のところ問題ありません。接続作業が完了した艦から、順次負荷試験に移る予定です。」
「分かった。異常があったら、すぐ報告してな。」
「了解しました。」
ヒメナは背もたれに身体を預けた。
表情は落ち着いている。しかしその視線は一度もモニターから離れなかった。
この作戦にはノアの未来がかかっている。
曳航に失敗すれば、ノアは再び停止したままになる。
冥王星では神格再編機関との戦闘が続いている。
そしてノアの到着を待つ者たちもいる。
神帝プルート・メインは艦橋の後部の椅子に座り
真顔でモニターを見つめる。
彼女にとって、冥王星は故郷だ。
故郷が戦火に包まれるなかノアはまだここに留まっている。
ヒメナはそのことを誰よりも理解していた。
「……ほんま早く行かなあかんな。」
小さな呟きは、艦橋の喧騒に消えていった。
その時。
「失礼する」
艦橋後方の扉が開いた。
何人かの管制官が振り向く。
そこに立っていたのは、港宙務部隊司令マーカス・ヴェルナーだった。
彼は入室すると、艦橋内の状況を一瞥した。
各艦との通信状況。接続作業の進捗。
重力制御タグボードの稼働状態。
必要な情報を確認しながら、ゆっくりと指揮席へ歩いていく。そして、ヒメナの横で足を止めた。
「統合司令」
「マーカス司令。作業の方はどない?」
「順調に進んでいます。各艦の艦長には、私から直接指示を出しています。接続作業が完了次第、負荷試験を実施する予定です。」
「そか。よろしく頼むわ。」
「お任せください。」
マーカスは正面のモニターを見上げた。
そこには、曳航部隊の中央に配置された大型探査船が映っていた。
《ビクトリー号》
ノアに所属する探査船のなかでも、特に高い推進力を持つ大型艦だ。
本来の任務は、未知の宙域の調査や、航行困難な宙域での先行探査。
そのため、通常の探査船よりも強力な推進機関と、
長期間の航行に耐えられる設備を備えている。
そして今回、その能力が別の形で活用されることになった。
ビクトリー号は、曳航部隊の先頭ではなく中央に配置されている。
理由は単純だった。
最も強い推進力を持つ船を中央に置き、周囲の艦船と連携させることで、曳航時の負荷を分散させるためだ。
もちろん、それだけで問題が解決するわけではない。
各艦の推進力を統一し、ノアの姿勢を安定させながら動かなければならない。
一隻でも出力調整を誤れば、連結部に過大な負荷がかかる。
マーカスは、そのすべてを理解していた。
だからこそ、彼はここに来たのだ。
自分が指揮を執る部隊の任務を、最後まで見届けるために。
「……統合司令」
マーカスが静かに口を開いた。
「準備が整い次第、曳航を開始してもよろしいでしょうか?」
ヒメナは、正面のモニターから目を離した。
一瞬マーカスの顔を見る。
彼の表情に焦りはない。
あるのは、自分の任務を果たすという確かな意思だけだった。
ヒメナは小さく頷いた。
「あぁ……そやなぁ」
そして、指揮席の肘掛けに置いていた手を動かした。
「始めよか…」
マーカスは敬礼した。
「了解致しました。」
― 曳航艦隊・探査船ビクトリー号 ―
「こちらビクトリー号。艦長ウエムラ、各艦、接続状態を報告せよ。」
艦橋に、ウエムラ艦長の声が響いた。
ビクトリー号の艦橋は、ほかの大型艦船とは違い大きく広い両舷には監視等も設備され宇宙を三百六十度見回す事が可能、また複数の管制卓と大型モニターによって構成されていた。
正面にはノアの巨大な船体が映し出され、その周囲には曳航に参加する艦船の位置が表示されている。
艦長の前に立つ航海長が、報告を読み上げた。
「第一護衛艦、接続完了。第二護衛艦、接続完了。輸送艦二隻、接続完了。油槽船、接続完了。各艦異常ありません。」
「そろそろかな?」
「はい!全艦、配置につきました。無人護衛艦も指定座標で待機しています。」
艦長は頷いた。
「各艦の推進機関、出力調整の準備を開始。まだ動かすな。まずは連結部の負荷を確認する。」
「了解!」
ビクトリー号の艦橋では、各種計器の数値が次々と更新されていく。
曳航ワイヤーの張力。各艦の推進機関の状態。
そして、ノアの船体姿勢。
すべての数値が、中央の統合管制システムへ送られていた。
「第一連結部、張力安定!」
「第二連結部、異常なし!」
「ノア側の姿勢制御、正常に稼働しています!」
「各艦の推進機関、待機状態。」
ウエムラ艦長は一度、深く息を吸った。
これから行うのは、ただ船を動かすだけの作業ではない。
十隻の大型艦船と複数の無人護衛艦が、巨大な方舟の動きを制御する。
その中心に立つのがビクトリー号だ。
失敗すれば全艦に影響が及ぶ。
だが成功すれば。ノアは再び、冥王星へ向かって進み始める。
ウエムラ艦長は通信卓に手を伸ばした。
「こちらビクトリー号。各艦、最終確認を実施せよ!」
『第一護衛艦、異常なし』
『第二護衛艦、異常なし』
『輸送艦隊、準備完了』
『油槽船、準備完了』
『無人護衛艦隊、制御系統正常』
次々と返答が届く。
艦長は正面のモニターを見つめた。
ノアの巨体は、まだ静止している。
その向こうには、無数の星々が広がっていた。
「……よし」
ウエムラは無線を手に取る。
「マーカス司令、準備できました。」
『了解した。始めよう。ビクトリー号……前進…』
「探査船ビクトリー号、前進!」
その命令が、艦橋に響き渡った。
「機関、出力上昇!」
「推進機関、低出力で稼働!」
ビクトリー号の船体が、ゆっくりと震え始めた。
ゴォォォォォ……。
推進機関から生み出された力が、船体を前方へ押し出す。
同時に、接続された曳航ワイヤーが少しずつ張り詰めていく。
張力計の数値が上昇した。
「連結部、張力上昇!規定範囲内です!」
「ほかの艦の推進力、同期を開始!」
ビクトリー号の両側に配置された大型艦船が、わずかな遅れもなく推進機関を稼働させた。
その外側では、無人護衛艦が自動制御によって出力を調整している。
各艦が生み出す推進力が、徐々に一つの方向へと揃っていった。
そして。
ノアの船体に、わずかな変化が生じた。
「……ノア側、姿勢制御を維持!」
「船体の相対位置、変化しています!」
「速度、極低速。前進を確認!」
その報告が、ビクトリー号の艦橋に響いた。
ノアが動いた。ほんのわずか。
誰もが見逃してしまいそうなほど、小さな前進だった。しかしそれは確かな一歩だった。
二十時間以上、宇宙空間に留まり続けていた巨大な方舟が、再び動き始めたのだ。
― 宇宙空母ノア・艦橋 ―
「……前進を確認しました!」
管制官の声が、艦橋に響いた。
「曳航艦隊によるノアの移動を確認! 船体姿勢、現在のところ安定しています!」
艦橋にいた者たちが、一斉にモニターを見つめる。
ヒメナは指揮席から立ち上がった。
「速度は?」
「極低速です。現在、各艦の推進力を調整しながら、慎重に曳航を継続しています!」
「連結部は?」
「すべて規定範囲内です!」
ヒメナは、ゆっくりと息を吐いた。
まだ安心するには早い。ここからが本番だ。
しかしノアは確かに動き出した。
彼女は隣に立つマーカスを見た。
「……やったな、マーカス司令!」
マーカスは、正面のモニターを見つめたまま答えた。
「いえ。まだ始まったばかりです。」
その口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
「ここから先が、我々の仕事です。」
ヒメナは小さく笑った。
「ほんま、楽しそうやなぁ」
「当然です。」
マーカスは即答した。
「我々は港宙務部隊ですから…」
彼は正面のモニターに映るビクトリー号を見つめた。
「船を動かすのが、我々の仕事です。」
ノアの船体が、ゆっくりと前進していく。
その動きに合わせて、曳航艦隊も慎重に進路を調整していた。
まだ速度は遅い。冥王星までの道のりは長い。
それでも止まっていた時間は終わった。
「それでは第二フェーズに入りましょう…」
マーカスはデバイスを手に取る。
『こちら機関運用技術部隊カンザキだ!マーカス、やるのか?』
「あぁ…頼みます。第一主機起動!」
『了解。』
(続)
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公開情報
・探査船ビクトリー号
ノア所属の宇宙探査船
・ウエムラ 三十八才 男性
ビクトリー号艦長




