プロローグ
宇宙空母ノア。
それは、神々と人が共に生きる巨大な方舟。
ノアには街があり、学校があり、仕事があり、
人々は宇宙を航行しながら日常を送っている。
その中心に立つのは、
優柔不断だが誰よりも人を想う神帝タカヤ。
神帝、艦隊、国家、そして裏切り。
さまざまな思惑が交錯する中、
ノアは今日も航行を続けている。
これは、
滅びの時代に“生きる場所”を守ろうとする者たちの物語。
― 方舟の朝 ―
――宇宙には、海がある。
無数の星々が浮かぶ、果てのない暗黒。
その星の海を、巨大な影が静かに進んでいた。
艦首が漆黒の宇宙を切り裂く。
その巨体の周囲を、無数の光が流れていく。
任務に着いてまだ一年のその船は
全長 一万メートル。
全幅 七千メートル。
全高 五千メートル。
あまりにも巨大なその姿は、もはや一隻の宇宙艦という言葉では表現できない。
艦体の内部には、都市が存在する。
街があり学校があり病院がある。
農場があり、牧場がある。
そして大きな湖や港まである。
そこでは、五万人もの人々が暮らしていた。
戦うためだけの戦艦ではない。
ただの居住艦でもない。
宇宙に浮かぶ基地でもない。
それは、宇宙を航行しながら、人々の暮らしそのものを運ぶ巨大な国家。
― 宇宙空母ノア。
そして、この巨大な方舟には
人間だけではなく、神々も暮らしていた。
神と人が共に生きる場所。
それが、ノアだった。
ノア艦内 中央居住区。
人工太陽が、ゆっくりと高度を上げていく。
夜間照明だった街の明かりが徐々に消え、代わりに柔らかな光が建物を照らしていく。
長い夜が終わる。
朝だ。
パン屋のシャッターが開いた。
「おはようございます!」
店員の声が、まだ人の少ない通りに響く。
焼きたてのパンが店頭に並べられていく。
その向かいでは、制服姿の子どもたちが駅へ向かって走っていた。
「早く! モノレール来るよ!」
「待ってってば!」
「遅刻するぞ!」
笑い声が響く。
駅には、仕事へ向かう大人たち。
学校へ向かう学生たち。
朝食を買う人々。
新聞を配る者。
道路を清掃する者。
そこにあるのは、地球の都市と何も変わらない朝だった。
ただ一つ違うとすればこの街が存在している場所は、地上ではない。
宇宙空間を航行する、全長一万メートルの巨大な方舟の中だった。
街の遥か上空。
巨大な天井の向こうでは、艦外作業が始まっていた。
宇宙服を着た作業員たちが、ノアの外殻を点検している。その傍らでは、艦外作業用ロボットが静かに動いていた。
巨大な装甲。
無数の機関。
複雑に張り巡らされた配管。
五万人の命を守るための、数え切れない設備。
その一つ一つを、人々が支えている。
通信回線に声が入る。
『こちら第三補修班』
一瞬の雑音。
『……こちら第三補修班。外殻ブロック、異常なし』
『了解。次の区画へ移動してください』
『了解』
淡々としたやり取り。
誰も驚かない。
誰も騒がない。
これもまたノアの日常だった。
宇宙を航行する方舟で暮らす。
それが、この場所で生きる人々にとっての「普通」なのだ。
ノア前部艦橋。
巨大な艦橋には、数多くの乗員が配置されていた。
それぞれが、自らの任務を黙々とこなしている。
艦橋中央に設置された巨大なモニターには、ノアの航路と周辺宙域の情報が表示されていた。
「航行、正常、周辺宙域、異常ありません」
「艦外作業、予定通り進行中」
「護衛艦、定位置を維持しています」
報告が次々と入る。
そんな艦橋の奥。
展望区画に、一人の青年が立っていた。
宇宙連合所属。二十五歳。
神帝ヤザキ・タカヤ。
彼は巨大な窓の向こうに広がる宇宙を、静かに眺めていた。
神帝と呼ばれる存在とは思えないほど、その表情は穏やかだった。
いや少し困ったような顔をしていた。
「はぁ……」
小さく息を吐く。
そして、ぽつりと呟いた。
「今日も平和やとええんやけどな……」
誰かに聞かせるための言葉ではない。
ただ、自然にこぼれた言葉だった。
彼は英雄ではないし神でもない。
かつては、お人好しで、少し頼りないただの軍学生だった。それでも今、彼は神帝としてこの場所に立っている。
「…この船は太陽系の希望…守らなあかんな」
小さく呟いた。
それは一人の人間としての願いだった。
この場所をこの暮らしを、ここで生きる人々を。
そして神と人が共に生きられる、この方舟を…
その頃ノアの外周宙域では六隻の無人護衛艦が、巨大な艦体を取り囲んでいた。
ノアと比べれば、その姿は小さい。
しかし、その六隻は一定の距離を保ちながら、ノアと共に航行している。
まるで巨大な魚に寄り添うコバンザメのように。
周囲の宙域を監視し、ノアへ接近する存在がないかを常に探っている。
『一番艦、異常なし』
『二番艦、異常なし』
『三番艦、異常なし』
次々と報告が入る。
『四番艦、異常なし』
『五番艦、異常なし』
『六番艦、異常なし』
――異常なし。
ノアは今日も、星々の海を進んでいた。
中央居住区。
いつもの朝とは、少しだけ違っていた。
街のあちこちに飾り付けが施されている。
広場では屋台の準備が進み、商店には普段とは違う商品が並べられている。
子どもたちは、その様子を見ながら目を輝かせていた。
今日は誕生祭。
その月に生まれたすべての人々を祝う、ノアの大切な祭り。
年齢も職業も関係ない。人間も、神も関係ない。
この方舟で生まれ、この方舟で生きる者たちを祝う日。街には少しずつ人が増えていく。
「今年は何食べようかな!」
「去年、食べすぎて動けなくなってたじゃん!」
「今年は大丈夫!」
笑い声が響く。
店の準備が進む。
学校へ向かう子どもたちが走る。
仕事へ向かう人々が歩く。
艦外では作業員たちが働いている。
艦橋では乗員たちが航路を確認している。
そして、そのすべてを乗せて宇宙空母ノアは進み続けている。
星々の海を。誰も知らない未来へ。
五万人の命を乗せて。今日も明日へ向かって。
この方舟に暮らす人々は、誰も疑っていなかった。
今日と同じように明日も朝が来る。
明日も街には人が溢れ。学校が始まり。
仕事があり笑い声が聞こえる。
そんな日々が、これからも続いていくと誰もが思っていた。
しかし。この平穏な朝の先に待っているものをまだ誰も知らない。やがてこの方舟は、銀河を揺るがす戦いへと巻き込まれていく。
神々の争い。国家の対立。
そして、宇宙そのものを揺るがす大戦。
その始まりが、すぐそこまで迫っていることを
この時のノアは、まだ知らなかった。
宇宙空母ノア。
それは、戦うためだけの艦ではない。
人が生きる場所、神が生きる場所。
その航海は、まだ始まったばかりである。
(続)
第一章
楽しんでもらえたでしょうか。
この先、
いろんな艦隊が動き、
神々も迷い始めます。
でも、
ノアはまだ航行を続けます。
初めてなので駄目なところだらけですが
これからも一歩ずつ勉強していきたいです。
次も、よろしくお願いします。




