第九話 光の国 新婚旅行
次の日、私達は転移魔法でルークスに飛んだ。
しかし、到着後すぐに、ダイス様は宿のベッドに横たわった。
「すまない、意気込んで来たがダメみたいだ。眩しすぎる」
ダイス様は窓に背を向けて丸くなっていた。
大丈夫だと意気込んで、真昼間の裏道に転移したのだが。
「うわっ」
太陽光を浴びたダイス様は片腕で目元を隠した。
やっぱり浄化される! と大慌てですぐに宿を探すことになったのだった。
「気にしないでください。私も、光の国の眩しさは色々辛いです」
白い壁が続く明るい通りに面した窓のカーテンを、急いで閉める。
ダイス様がゆっくりとこちらに体を向けた。
明るい部屋ではっきり見るダイス様は、黒い髪と白い肌の明暗が鮮烈で、強さの滲み出た顔を引き立てている。夢を見ているようだ、見惚れてしまう。
「モルガン……」
ダイス様は眩しそうに私を眺めた。
カーテンをしていても、私の後ろから光が差しているからだ。
「まだ、眩しいですか」
ダイス様の前に行って、光を遮ってあげよう………。
「綺麗だ」
「えっ」
ダイス様に近づく足が、ピタッと停止する。聞き間違いかと全神経を耳に集中させた。
そんな私の姿に、ダイス様はゆっくりと視線をそわせた。
「花みたいな髪に、金色の目に、白い肌にも、光に当たって………幻想的だ」
幻想的? 私が?
自分の見下ろす。ダイス様の年齢に合わせて数年前の姿になっているが、ど変わりないように見える。服は魔法使いがよく着ている青いローブ、顔もメイクに気合いは入れたが自然な感じで、幻想的に見えるわけがないはずだが。
「俺はなにを言っているんだ。ルークスに、さっそく影響を受けたらしい」
ダイス様は額に腕を当てて、ため息をついた。
やっぱり……でも、ルークスのせいでも、さっき言ってくれたのは現実だ。
ダイス様の頭を光から守るように膝をつく。
お返しをしよう。
「ダイス様も、幻想的ですよ」
「なにを言っているんだ?」
苦笑いしながら、ダイス様はこちらにゆっくり体を向けた。
「本当です。さっき、こちらを向いたダイス様がとても幻想的で、現実とは思えず見惚れていました」
ダイス様は笑ったまま、現実だと言うように私の手を掴んだ。
「俺達そろって、光にのまれているようだな」
「ふふ、はい」
「日が暮れてきたら町を歩こう」
「はいっ。夜の町も賑やかですよ」
私もベッドに横になり、ルークスについてあることないことを話し合った。
夜、ランプの明かりに照らされた町の通りに出た。
まずは、宿の前で道行く人々を眺める。
「闇の者っぽいのもいるな」
「そうですね、結構いますね」
賑やかな人混みには、自分達のようにローブを着てフードを被っている者もいた。
なんとなく、雰囲気も闇属性っぽい。
「俺はどうだ? 魔王に見えないか?」
ダイス様は濃紺のローブを着ていた。
フードもかぶり、顔もあまり見えない。
全体的にどこといって特徴がなかった。
「はい。大丈夫です。私はどうですか?」
「……凄く、普通だ」
普通と言われたのは初めてで衝撃を受けたが、願い通りの言葉だったので喜びのままに腕にしがみついた。
そのまま歩き出す。人々とすれ違ううちにダイス様に手を繋がれて、力強く守られているのを実感した。歩く速さも合わせてくれるし、時折油辺りを見回す油断ない顔を見なければ、とても魔王とは思えない。なぜ魔王になったのか、不思議な方だ。
「闇属性の魔法具も売っているんだな」
ダイス様は意外そうに、魔法道具の屋台をのぞき込んだ。
「よく考えたら、平和主義の光の者が闇の者を排除してるわけないよな」
ひとり納得するダイス様に私もうなずいた。
それからルークス料理を堪能して、店を見て回った。
そこで私はこっそりダイス様に聞いた。
「いつも、四天王にお土産を買おうと思うのですが、なにがいいかよくわからないのです。ダイス様ならわかりますか? あの三人の喜びそうな物」
「うんん……」
ランプに照らされる魔石屋の端に立ち、ダイス様は顎に指を当てて考えはじめた。
「ギルバードは、本をやれば喜んでくれるのはわかるが。ミストは案外なんでも喜んでくれそうだな。バルダンディもなんでも、とりあえず受け取ってくれるだろう」
「魔王様からお土産だと言えば、もっと喜ぶでしょうね」
私はついニヤリとして言ってしまった。
ダイス様もニヤッとした。
「それは俺としても嬉しいが、魔王がお土産はあり得なさすぎるだろう。本物の魔王か疑われそうだ」
私は驚く三人を想像して笑った。
「そうですね」
そんなわけで色々お土産屋ものぞいたが、結局、なにがいいかわからず、お土産はなしになった。
世を忍ぶ仮の姿とはいえ、ダイス様と新婚旅行ができて幸せの絶頂だった。
翌日、会議室でバルダンディから、魔王様にはルークスに進軍するお考えはないと聞かされた。
「魔王様自ら、偵察なされた上での結論だ」
バルダンディはいつも通りの様子だ。魔王様の考えを受け入れて、表情も態度も微動だにもせず落ち着いていた。
「戦わないの? 少し嬉しいような残念なような」
遊びに行っているミストは、拍子抜けした顔をした。
「今の魔王軍の戦力なら、ルークスにも進軍できると思っていたが……」
ギルバードが本を開きつつ、鋭い顔つきをみせた。
「我々は魔王様のお考えに従うのみだ。となると、このまま日々勇者が現れるのを待ち、迎え撃つ方向を維持するのだな?」
「そうだ、これからも城を、魔王様をお守りするのだ」
バルダンディの宣告に我々はうなずいた。
深夜、いつものように深夜に寝室を訪ねる。
コイスにお土産のフルーツをあげた。
私は魔王様から新品のローブを貰った。
「これは……」
黒地の袖や裾にガルーンの施された高そうなローブ。
見覚えがあるような。
「最初の夜に破いてしまったのに似たのを買ったんだが、どうだ?」
「凄く、似てます」
やっぱり、あの時のローブに似たのを。
「わざわざ私のために?」
ローブを抱きしめて見上げると、魔王様は少し照れたような笑いを浮かべた。
「ルークスでこっそりな」
「魔王様、いつの間に。ずっと手ぶらだったのに?」
「転移魔法で、買ってすぐ城に送った」
「なるほど」
「……気になっていたんだ。魔王らしくしようとわざと破いてしまったから」
「凄く、魔王様ぽかったです」
私は笑って答えた。
「もう、気になさらないでくださいね……」
最初の夜のことは、次の夜には何度も “怖い思いをさせたな” と気づかってくれた。私は “望むところでした” と答えたのだけど。
魔王様はふぅと、玉座に腰を下ろした。
この二重生活が凄く大変そうで、心配になってくる。
魔王様は生粋の魔王ではなく、普通の闇属性の青年が魔王でいようと振る舞っているのだから。
私がお伺いの言葉をかける前に、魔王様は言った。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
続きが気になると思っていただけましたら
下の☆☆☆☆☆を押して応援していたたけると励みになります。ブクマもしていたたけると嬉しいです!