最終話 普通の暮らし
ダイス様と私は、オプスクリタスのとある町で暮らし始めた。
住み始めたのは二階建ての一軒家。
素朴な木の造りで、石造りの魔王城とはまるで違う。
私もダイス様も黒が好きなので、部屋は暗めになってしまっている。それに地下室には魔法書や道具類を雑多に置いたので、魔王城の部屋みたいになった。
家の一階は通りに面して店になっている。
私達は夜になると魔法薬屋を開いた。
元々ダイス様は薬草を売って暮らしていて、商いも手慣れたものだった。
「これは傷薬です。他のより効き目が早いですよ……」
無表情だが敬語も慣れたものだった。
「ありがとうございます。またどうぞ……」
私は見様見真似に笑顔をそえるようにした。
ふたりともどこか陰気な接客だが、これがオプスクリタスでは普通なのだった。
商品の売れ行きは上々だ。ダイス様は元魔王の力があるだけに、どんな危険な山からも薬草を採ってくることができ、他店にはない品揃えにできた。
「凄いです、ダイス様。この貴重な薬草を売るだけでも充分暮らせます」
「前はそうやって暮らしていたんだが、モルガンの調合が上手いから薬にした方がいいと思う。もっと高く売れるし、薬のほうがお客も喜んでくれている」
「ありがとうございます。ダイス様の助手みたいなものですが」
危ないからと常に留守番だったが、時々ふたりで薬草を採りに行くのも、ふたりで薬の作り方を調べるのも、すり鉢で薬草をゴリゴリして魔力と混ぜ合わせ調合するのも楽しかった。
そうやって、今まで通り夜型の暮らしを続けていた。
私は相変わらず、黒いローブを着てフードをかぶっていた。
ダイス様もマントを脱いで髪を少し切っただけ。
不健康な見た目はなにも変わっていなかった。
ルークスの野菜料理は食べているが、食が細くあまり変化はなかった。
健康になったとは言っているし、山を歩くようになったし、魔王の頃より健康かもしれない。
そのおかげか、見た目はそんなに変わらなくても元魔王だとバレていない。
町の中では。
「森を歩いてたら、魔王だな!? と知らない男に声をかけられた」
ある日、薬草採りから帰ってきたダイス様は言った。
ダイス様は落ち着いていたが、私は凄く驚いた。
「本当ですか!? 大丈夫でしたか?」
「最初は消すしかないかと思ったが、試しに『違いますよ』と言ったら、困惑しながら引き下がっていった」
「ふふ、魔王様が敬語を話すとは思いませんものね」
ダイス様も面白そうにうなずいた。
「町の中を歩いたり、モルガンといたり、山で薬草を採ったり、普通に生活していると気づかれないんだが、暗い森を歩いてるだけだと、まだ気づくらしい」
「平穏な暮らしが脅かされてしまいます。どうしましょうか」
「そうだな。俺もできれば攻撃はしたくないし」
私は切実な思いでうなずいた。
「ダイス様……もう、誰とも戦わずに、私だけの、強くて頼もしい旦那様でいてください」
「望むところだ……」
優しい腕に包まれる私の頬に、ダイス様の髪が触れた。
「もう少し髪を切りますか?」
「そうだな。まずはそうしてみよう」
ダイス様は髪をさらに切り、ミディアムヘアになった。
しばらくして、ダイス様は効果を報告してきた。
「声もかけられないし、前は暗いところですれ違う人になんとなく疑いの目を向けられてる気がしていたが、それもなくなった。案外、髪が魔王っぽく見せていたのかもな」
ダイス様は髪をつまみ、懐かしそうな目を向けた。
「モルガンは気づかれないのか?」
「はい。私はずっとフードをかぶってて、四天王以外には素顔を見せたことはありません。一瞬派手にしてましたが本当に一瞬でしたし、あの私と今の私が同一人物とは思えませんでしょう?」
地味なローブを引っばる私を眺めて、ダイス様は笑った。
「思えない」
「ですが、店が評判になってきましたから、もしかしたら魔王軍の者がやってくるかもしれませんし、知っている者と話せば気づかれるかもしれません」
「部下や四天王達には会いたい気持ちもあるな。それまでに、俺達ふたりとも、どこにでもいる闇の者になって驚かせるのもいいな」
かつての仲間達の驚く顔を想像して、私達は笑った。
ギルバードとミストは、私が魔王様と結婚したと知ったら喜んでくれそうだ。早く見せたくなってきた。
「ダイス様は、もうかなり普通になってきてますよ」
「モルガンも、四天王の頃より雰囲気が優しくなったぞ」
「優しくなりましたか。よかったです。部下が見せていたようなビクビクした反応を、お客さんにもされることがあって気になってました。雰囲気のせいだろうなって」
「俺はどうだ?」
「ダイス様も、恐くなくなってきました」
「優しいは、まだ無理か」
かつて私を震え上がらせた闇のオーラは陰を潜めて、近寄りがたい闇の者くらいの雰囲気になりつつあった。
これくらいで充分だと思う。あまり優しい雰囲気になると、女の人が近づいて来てしまうかもしれないから。
そんな独占欲をのぞかせてしまいながら、ダイス様の首に腕を回して、目を閉じた。
私は普通の暮らしを始めてから、初めて自分からダイス様にキスをした。魔王の頃は恐れ多くてできなかったし、魔王にはキスという感じがなかったから。
けれど今のダイス様なら……と唇を近づける。
『魔王様! 魔王様!』
私達はビックリして、とまり木のコイスを見た。
翼でクチバシを隠している。
『ごめんなさい。こうして邪魔するのが、オウム仲間の間で流行ってるから』
コイスは首をかしげながら淡々と言ってのけた。
「オウム仲間がいるんですか?」
「ペットショップにいたんじゃないか? 寂しいのか? コイスにもお嫁さんを見つけてやるか」
いずれ、ダイス様が魔王だったのを物語るのは、時折思い出したように魔王様と呼ぶコイスだけになるだろうか。
魔王の面影も薄くなり、新しい暮らしも落ち着いたので、私の両親に結婚の報告に行った。
薬屋と自己紹介したダイス様を、両親は信じてくれた。私が魔王軍にいたことも知らず、魔王だったダイス様の姿も見てないので当然かもしれない。
それに、ダイス様の受け答えも真面目な青年そのもので、疑いようがなかった。
両親は闇の者に惹かれる私を知っていたので、どんな闇の者を連れてくるかと怖がっていたから、堅実な人と結婚してくれてよかったと喜んでいたので黙っておいた。
恐れていた通り、闇の者の頂点である魔王と結婚して連れてきたなんて言えない……。もう言う必要もないし、なければいい。
私達はまた一歩、普通の闇の者に近づいて家に帰った。
「俺が引退した混乱も落ち着いて、バルダンディが新たな魔王と呼ばれるようになってきたな」
居間でコイスにフルーツをやりながら、ダイス様が言った。
「バルダンディ……」
私は窓から空を眺めながら、バルダンディの姿を思い出して、玉座に座る姿を想像した。
今頃、自分のことを “我” と言っているのだろうか。
カッコいいに決まっている。
一度見学に行きたい……。
それに、私とバルダンディの後を継いだ新たな四天王はどんな者達だろう? もしかしたら、ひとりは紅一点でバルダンディと、私とダイス様みたいになるかもしれない。
物思いにふけっていると、ダイス様の探るように鋭い声がした。
「……モルガン、モルガンは俺が好きなわけじゃなく “魔王” が好きなんじゃないか?」
「な、なにを言って!?」
慌てて振り向くと、疑いのジト目とかち合った。
「魔王の俺には近づくだけでハァハァして怖いくらいだったのが、今は」
「あれは、慣れてなくて緊張していたんです! 興奮してるのもあったけど……今も昔も変わらず魔王様じゃなかった、ダイス様が好きです!」
「元魔王でも?」
元魔王の姿を上から下まで眺める。
「元魔王なんて凄いです。大好きです!」
しがみつくと、ダイス様は納得したようなしてないような様子だった。
「……そろそろ、敬語はやめてタメ口で話してほしいんだが?」
「そ、そのうち」
「フム」
「ダイス様こそ、時々物足りなさそうな顔をしていますよ?」
「それは、魔王の暮らしに比べればそれはな」
図星を突かれて笑うダイス様に、私も笑った。
「私はいつでも魔王の部下に戻れます」
悪魔の囁きみたいになってしまった。私にとっても。
ダイス様の反応次第では大変なことになる……。
「やっぱり魔王がいいんじゃないか? 戻らないぞ」
断言して、普通の青年のようにツンとするダイス様を、ギュッと抱きしめた。魔王様にはお別れを告げて、目の前のダイス様を。
「ダイス、ダイスキ!」
「いつか言うと思った」
普通に照れる私はギュッと抱きしめ返されて、幸せに包まれて目を閉じた。
最後まで読んでくださってありがとうございました!!
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モルガンとダイスお幸せに
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