終章
雨上がりの路面は黒ずんでいた。車が停まっていたのだろう部分は、そこだけ綺麗に灰色だ。
メアは学校に残る用事ができたらしく、リレンに僕がくることを伝えられなくなった。
それでも構わないだろうとのことで、僕は学校から帰宅後、すぐにリレンの家へ向かうことにした。
彼女の家に着いてインターフォンを押すと、リレンが出てくる。いつもメアが出迎えだったから、なんとなく新鮮だ。
「血を届けにきたの?」
「あ、そういえば、それもありましたね」
僕の返答を聞いて、面白そうに笑みを浮かべた彼女は、僕を家の中に招いた。
リビングで、まずは片付けないといけない問題に取り掛かる。
「これ、どうやったのかがわかりましたよ」
僕は兄の携帯端末を机の上に置く。彼女は驚いたような表情を僕に見せる。多分、答えを解いたことに驚いたわけじゃない。
「良かったの? 私は支えを作ろうと思ったのだけど」
「いいんですよ。兄は死にました。その兄から、言葉は届かないんですよ。兄はどこにいるのでもなく、僕や兄を知る人たちが持つ、記憶の中で生きていますから」
「そう。君がそう言うのなら、私も構わない。じゃあ、最後の謎を明かしてちょうだい?」
「はい。謎というには、簡単過ぎますけどね」
僕の携帯に届いたあの言葉。兄の携帯端末がその場にあるにも関わらず、その言葉は兄から僕の端末に届いた。
その謎は、僕をそう悩ませはしなかった。なぜなら、あのあと、兄の端末を確認してみたら、すぐに答えがわかったからだ。
「兄の端末からSNSを開くと、アカウント情報がログアウトになっていました。違う端末で、兄のアカウントにログインしたんですね」
俗に言う、アカウントの乗っ取りというやつだ。パスワードがわかれば、ログインは容易だ。リレンが兄の部屋で見つけたのかもしれないし、違う方法で入手したのかもしれない。
「でも、私はあの時、なにも触っていないわよ?」
「協力者がいたんですよね? もしかしたら、その人は、今もこの会話を聞いているかもしれませんね」
「さあ、どうかしら」
彼女の反応から察するに、聞いているのだろう。
病室でリレンは、そろそろ話も終わりだと、そのようなことを言っていた。その切り上げが合図で、協力者はメッセージを送ったのだろう。どうやって協力者は話を聞いたのか。ここでも便利な、盗聴器だ。
「これから言うのは独り言ですよ。もしかしたら、誰かに聞こえているかもしれませんけど、独り言ですから」
その協力者の正体だが、心当たりがある。SNSでアカウントを変えるのなら、メアにもできるが、リレンがそれをさせるとは思わない。というより、当てはまるのが一人しかいないのだ。
その人物は、姿を消していて、玲さんいわく連絡も通じない。多分、この家に匿われているか、自分の意思でここにいる。
「ありがとう。嫌いになんかならないから、好きなときに出てきたらいいよ」
罪があるのなら、救いも必要だ。時には手を伸ばせない罪もあるのだろう。だが、この罪は、僕にだって手を差し伸べられる。
「独り言ね」
「独り言ですよ。血液はどうします?」
「要らないわ。迷惑料と、代理の血液をもらったから」
そこまでしてくれていたのか。罪を償うだけのことは、もうしているんじゃないだろうか。少なくとも、僕は全て許している。あとは、玲さんに謝ってもらわないと。罪をなすりつけようとしたことを。
「それよりも訊きたいのだけど、道は見つかったのかしら? 迷子にはならない?」
リレンが前のめりになって訊いてくる。今日の一番重要な話はこれだ。
「道は、見つかりました」
僕にしかできないものではない。ただ、僕がやりたいことだ。それは、事件がひと段落してからの日々、その中から拾い上げたものだ。
「これからは 、誰かの心の支えになれることを目指すつもりです。できるだけ多くの人のために、それを目指します。リレンさんのようには、難しいかもしれませんけどね」
東堂さんと話したとき、頑張ってくださいと言っただけで、支えになると言われた。そんな些細なことでも、人は救われる。程度に差はあるけれど。
無意識にでも小さな支えになれるのなら、意識的になればもっと大きな支えになれるのではないかと、僕は考えた。東堂さんのおかげだ。支えとは、必ずしも一方的なものではなくて、どちらかといえば、支え合ってこそ成り立つものなのかもしれない。
そして、海美や店長、店員さん。あまりにも簡単に、頼って欲しいと言ってくれた人たち。僕も、多くの人たちにそんなことを言えるようになりたい。僕のような人を、助けられるようになりたい。
「そう。いい道ね。その目標が、私の支えにもなるわ。自分らしい支え方は、これから見つけていけばいいのよ。まだ、始まったばかりなのだから」
リレンは微笑みながら言う。僕は頷いて返した。
すると、彼女は座っていたソファから立ち上がって、分厚いカーテンを開ける。
「なにやってるんですか!」
外から眩い日光が入り込み、リレンを刺した。彼女は目を細めて苦しそうにしながらも、僕に伝える。
「光は、一方にとっては助けでも、また一方では毒になる。そのことには、気をつけてね」
よろめく彼女の代わりに、僕はカーテンを閉めた。まったく、死にはしないといえど、変な無茶をする。
「わかってますよ。身をもってまで、実践しなくてもいいですから」
リレンは自己犠牲を厭わない。吸血鬼の彼女は、死を嫌う割に、自分の死を恐れる節は全くない。
「僕は、僕の道を歩きます。互いに頑張りましょう」
「ええ、そうね。また、機会があれば会いましょう。そしていつか、交わることがあれば、協力しましょう?」
僕は頷き、一礼してから家を出た。路地裏は、今日も変わらず暗い。挟む建物が、光を封鎖するからだ。リレンの家がある場所としては、らしいといえばらしいのだけど。
スタンドを蹴って自転車に乗ったところで、端末から通知音が鳴る。開くと、兄のアカウントからだ。
『応援してるよ』
確認してから、端末はポケットに閉まった。
ハンドルを強く握り、ペダルを思い切り踏む。勢いよく回るタイヤに速さを任せ、走り出す。
そして僕は、闇から抜け出した。
***
ここまでの御愛読ありがとうございました。この度、転載するため、当作品には数年ぶりに触れたのですが、自分の完結済み作品では一番好きです。綺麗にまとまっているので。
ただ、修正しようと思って読み直していたのですが、読み進めると、ここって伏線だったのか、と忘れていることも多かったです。要らないと思って削りかけるときが何度かありました。危ない。
あと、転載前には制限(主に文字数)があって書けなかった部分を、読みながら思い出して、その点は加筆修正しています。
主に、コンビニ組と海美の扱いですね。転載前のコンビニ組は転載後と同じ時期に、転載前の海美は二章で急に生えたキャラで、もっとうまく使いたいと完結後に思ってましたから。
さて、こんなところで、後書きを終わります。作品については無限に書けるんですが、ここでやるべきじゃないと思うので。
最後に、自殺・殺人・犯罪は許されることではありません。当作品は、中でも自殺には踏み込んでいますが、例えばリレンが言ったように、遊んだり休んだりしてみると、踏みとどまったりするかもしれません。
命、大事に。心の支えを見つけて。
悩みがあれば、相談センターに電話を掛けて相談するか、聞いてくれる人に助けを求めるか、追い詰められそうだったら、試してみてください。私も話は聞けます。
話す相手は心に余裕のある人でないと、両者が傷つく可能性があるので注意を。
では、またお会いすることがあれば、よろしくお願いします。この作品に、続編はあるかもしれないし、ないかもしれません。作れたら、です。




