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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第三章 囚われの姫と終末の氷華
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第二十五話 たとえキミが拒んでもⅥ



『お兄ちゃんはさ、何というか、周りが見えてないんだよね』

 ――いつだったか。

 ソファに寝転がりながらゲームに目を落とす妹が、そんなことを言ってきたのは。

『……それ、貶してるのか?』

『まさか! 良い意味で、だよー』

 どう捉えても良い意味には聞こえないんだけど、と渋い顔を作る春斗(リオン)に、妹は相変わらずゲームに視線を向けたまま口元を緩めて、

『目的のために一直線。それも誰かのための行動を、()()(しゃ)()にやれるってこと』

『んー……そうか? 俺、基本的に自分のための行動しかしてないと思うけど』

『あはは。それが結果的に誰かのために繋がるんだから、お兄ちゃんは凄いんだよねぇ』


 ――そしてまた、いつだったか。

 家族を殺した魔術師に復讐を誓い、そのための力を求めて師事した女性から、こんなことを言われたのは。

(はる)()ちゃん。貴方は善人よ』

 彼女の言葉に、確か春斗(リオン)は渋面を作ってこう返したはずだ。

『……善人、か。けど師匠……これから俺は人を殺すために、』

『それは分かっているわ。でも、貴方の本質は善なの』

『……性善説でも語るつもりですか』

『いいえ。だって私、東洋の思想に興味ないもの』

 師匠は西欧出身で、扱う魔術の理論や思想もそちらのものばかりなので、理論・思想体系が大きく異なる中国の儒家に興味がないのだろう。

 キッパリ言い放つ師匠に春斗(リオン)が呆れたような顔を向けていると、彼女はその目にどこか真剣な色を宿して言い放った。

『いい、春斗ちゃん? 貴方が自分のことをどう思おうと、私は貴方が善人だと思っているわ。それ以上に、優しい人だということも』

『はぁ……』

『だからこそ言いたいの。復讐を()すにしても、どこかで人を助けるにしても――絶対に、迷っては駄目よ』

 師匠はそっと春斗(リオン)の頬をその手で包み、目を合わせ、告げる。

『一番の目的を見失わないで。余計なものに惑わされないで。全てを振り切ってでも一つのことを成し遂げる――それが、貴方の本質だから』


 だから。

 だから、リオンは前を向く。

 目的はただ一つ、はっきりとある。あとはそれに向かって突っ走るだけ。

 それがリオンの――(あき)(さと)春斗の本質で。

 大切な人達が教えてくれた、『強さ』の源なのだから。


   ◆ ◆ ◆


 間に合った。

 決定的な瞬間を迎えずに済んだ。

 炎と氷、双極に位置する攻撃でボロボロになった父・ロデリックの前に立ち、彼に迫る必殺の氷剣を切り落としたリオンは、誰にも気づかれないように小さく息を吐く。

 その安堵は、死を迎えようとしていた父を救えたから――だけではない。

 愛しい少女が。救うと約束した少女が。誰よりも強くて、そのくせ()()()()()()()()少女が――一線を越えずに済んだ。そのことに、リオンは安堵したのである。

「リ、オン……? なぜお前が……」

「はいはーいリオン様に仕える健気な美少女シアちゃんもいますよーっ」

 困惑八割、安堵二割のロデリックの台詞を遮ってリオンの隣に並んだのは、『煉獄の茶会事件』が解決して以来、リオンが個人で所有する隠密部隊に所属するシアだ。表向きメイドとして活動するが、彼女の経歴上人目につくのは良くないので、今はその容貌をフードの下に隠している。

 手の中でナイフを弄ぶシアに、リオンは軽く目を向けて言う。

「シアはミナヅキとフードマントの魔術師の相手をしろ。できるだけ離してくれるとありがたい」

「はいはいりょーかい。あ、でも後でご褒美ちょうだい」

「さっさと行け」

「はーい。――さってさてぇ、不良メイドと魔術師ちゃーん、ちょっと私と遊ばなぁい?」

 ニタニタとした笑みを貼り付けながら、いつの間にか四本に増えていたナイフを投擲するシア。不良メイドことミナヅキとフードマントを羽織るアディにそれぞれ風と闇の魔術で打ち落とされるが、シアに動揺はない。すぐさま袖の中から取り出した新しいナイフで二人に斬りかかった。

 シアは言動は()()だが、腕は悪くないし、リオンへの忠誠も申し分ない。多少無茶でも、なんとか時間を稼いでくれるだろう。

 そう判断したリオンは、シアを視界から外すと、今度は正面に瞳を向ける。

 しかし、リオンが行動を起こすより早く、背後から声がかかった。

「リオン、お前はメルウィン殿下の護衛に就いていたはず……いや何でも良い。王を連れて逃げろっ」

 父の声には、多大な困惑と一抹の安堵の他に、期待が込められていた。

 けれどリオンは、その希望を切り捨てる。

「すみません、父上」

 国に仕える貴族、そして主君に剣を捧げる騎士としては間違いだ。けれど、一人の男として――彼女を想う人間としては、父の言葉を聞くわけにはいかなかった。

「俺にはやらなければならないことがあるんです。守らなければならない、約束があるんです」

「リオン……」

「父上。お叱りは後でいくらでも受けます。ですから――ここは、俺に任せてください」

 僅かな静寂があった。

 しかしリオンには、返事を待っている心的余裕も時間的余裕も無い。

 父譲りの空色の双眸で、眼前の少女をじっと見つめる。

 リオンの視線を感じたのか、少女の肩がびくりと跳ねた。けれど俯き加減の顔には影が差し、こちらに目を向けることはない。

「フローラ」

「…………、」

「帰るぞ。()()は、お前の居るべき場所じゃない」

 返事は無い。けれど、少女の握る拳に、少しだけ力が加わったような気がした。

「くくっ……何を言い出すかと思えば」

 二人の間を割くように響く、少年の声。どこかどろりとしたものを感じるソレを発したのは、グラハム。此度の反逆者達の主たる少年は、心底馬鹿にした表情でリオンを嘲った。

「キミでは彼女を救えないよ、リオン=スプリンディア。キミは彼女にとって、枷にしかならない」

 否定はしないし、できない。ゆえに、リオンは沈黙を選んだ。

「逆に言えば、枷を壊してしまえば彼女は楽になれる。ねえリオン=スプリンディア、恋情に溺れる悲劇の騎士サマ。そんなに彼女のことが好きなら、彼女のために死んでみたらどうだい?」

「――少し、黙ってください」

 ニタニタ嗤うグラハムを遮ったのは、フローラだった。

 その瞳は、未だリオンに向くことはない。

 ただただ冷たい色で塗り潰された声で、少女は自身を助けに来た少年(ヒーロー)を拒絶する。

「リオン様。――ごめんなさい」

 以前、救ってくれと言った声が、救いを拒む。

「わたしはもう、そちら側には戻れません」

 信じて欲しいと訴えた少女が、少年の想いを否定する。

「もともと、日向を歩けるような人間ではないんです。わたしがしてきたことは、到底許されることではありません。それは前世(あっち)でも今世(こっち)でも変わりません。何より、今までこの手にかけてきた人達が、許すはずがない」

 魔術師として生きる以上、手を汚さない道はない。程度の差はあれ、生物の命を刈り取った経験は、秋里春斗(リオン)にもある。

 でも、少女が言っているのは、そういう()()()()()()ことではないだろう。

 まともな倫理観をあざ笑い、最低限の道徳心すらゴミ箱に放り投げ、()()()()()()()()達が作ったルールすら唾棄する――まさしく最低な行いをしてきた。

 そこに至るまでの道程に意味はない。無辜の民を薬剤に漬け、かつての親友の首を落とし、家族と慕った者の心臓を抉り出す。一般的な善悪ではもちろん悪であり、しかして自分なりの正義に基づいた訳でもなく、ただ惰性のように殺してきた。

 そんな人間が表の世界でのうのうと生きているなんてあり得ないし、かといって必要悪として生きる価値もない。正真正銘疑いようもなくクズである彼女に、光が射すことなどあってはならないし、許されるはずもない。

 だから。

「わたしは、救われてはいけないんです」

 少女の顔が、おもむろに上がる。

 黒々とした淀みを孕む紫水晶(アメシスト)の瞳が、リオンを突き刺す。

「引いてください、リオン様。できるなら、わたしは貴方を殺したくない」

 それは、フローラの中に残る優しさから来る言葉なのか――それとも。

 ……いや、そんな考察はどうでもいい。今必要なのは、彼女の心を読み取ることでもなく、言葉の意味を洗い直すことでもなく――リオンの意思を示す。ただ、それだけだ。

「引かない。俺がここに来たのは、お前を救うためだからな」

 空色と紫苑の瞳が交わる。

 少年の瞳が孕む光に、少女の瞳は影を強めた。

「……引かないのなら」

 或いは、諦念を乗せて。

「死んでください」

 ――わたしが、迷わないために。

 遠く聞こえたその言葉は、飛翔する氷剣の風切り音によってかき消された。

 その数、十五。

 人肉を引きちぎる勢いで放たれたそれらが、リオンに襲いかかる――。

 見てから動き出すのでは間に合わない。どこに来るのかを先読みし、攻撃を置く。そうでなければ、身を守ることは不可能だ。

 けれど。

「……なんで」

 リオンは、()()()()()()()

 リオンの魔術の腕では、この数の氷剣を捌き切ることは不可能だ。ついでに言えば、王座の間に入る時に【昏き業炎の監獄プリズン・オブ・ムスペルヘイム】の内外隔絶結界をぶち破る必要があり、それにかなりの魔力を使ったので、今のリオンはロクに魔術を使えない状態だ。得意の剣術を使い、ある程度の傷を許容して、ようやっと命を繋ぐ。そのはずなのに。

 抜刀術などを用いるわけでもなく。けれど、リオン本人には、命を捨てた認識はない。

 やがて、銃撃にも似た破砕音があった。

 氷剣が、無抵抗のリオンごと床を突き穿つ。辺りに血と肉片と氷の破片とが散らばって、未だグラハムの魔力を燃料に燃え続ける炎の中に溶けていく。

 ――そんな姿を、グラハムやロデリック達は幻視したかもしれない。

 けれど。

 けれどリオンは、二本の足で立っていた。

 頬の切り傷から血を流し、脇腹辺りも赤く濡らしているが――五体満足で生きていた。

「なんで――どう、して」

 五本の氷の矢が放たれる。リオンの右肩を貫き、或いは(ふく)(はぎ)を裂き、左腕を削るけれど――致命傷には至らない。

 リオンが動いたわけではない。他の誰かが守ったわけでもない。

 しかし、この距離でフローラが外すのもあり得ない。――万全の状態なら、の話だが。

「……どうして、身を守らないんですか?」

 フローラの疑問は、自身の攻撃が当たらないことではない。

「どうして、剣を抜かないんですか……!?」

 引き絞るような声だった。

 悲痛なそれを発する少女に、リオンはただ目を見て告げる。

「俺がお前に剣を向けることは、絶対にない。俺は、お前を救うって約束したんだからな」

「――――」

 フローラの瞳が、一瞬、揺れたような気がした。

 が――瞬間、リオンとフローラの間を、灼熱の炎が薙ぎ払う。

「何をしているフローラ!! 自分が何のためにここにいるのか、忘れたのかい!?」

 グラハムの怒声に呼応するように、彼の周囲の炎がうねりを打つ。騎士達の奮闘でいくらか炎の巨人の数が減り、その影響から常温に戻りつつあった結界内の温度が、グラハムの感情の高ぶりによって再び上昇したようだ。

「キミは、償いのために僕に従っているんだろう? ()()()()をバラされたくないから僕の駒になったんだろう!? なら殺せ。とっととその英雄気取りの騎士サマをぶっ殺せ!!」

「……あのこと、だと? まさかお前、フローラを脅しているのか……!?」

「ふ、ははははっ! ねえフローラ、愛しの婚約者様に知られたくないんだろう? キミがやってきた外道の行いを、裏切りを、殺人を!! バラされたくないんだろう!?」

「黙って!!」

 その絶叫は、血を吐くように。

「黙って、ください……っ!」

 肌が裂けて血が滴るほどに強く拳を握りしめ、フローラは懇願する。

 対してグラハムは鼻を鳴らし、

「なら、何をすれば良いのか……わかるよね?」

「っ」

 そしてフローラは、リオンに対し、殺意を向けた。悲壮に満ちた、哀れな殺意を。

「それでいい。それでいいんだよ、フローラ」

 グラハムは嗤う。醜悪に、愉悦する。彼にとって、二人の殺し合いは娯楽なのか。――或いは、『破滅』を楽しんでいるのかもしれない。

 光のない瞳が、リオンを貫く。

 今度は外さない。もう、外すことはできない。

 彼女の殺意から、そんな悲痛な意思が読み取れた。

「…………、」

 それでも。

 それでもリオンは、剣を抜かない。

 どれだけ殺気を向けられようと、実際に魔術の刃が襲ってこようと、リオンはフローラに剣を向けることなどできようもない。それが、彼女と誓ったことだから。

 フローラの眼前に、氷の剣が現れる。一瞬の()()の後、パンッ、という空気が爆ぜる小さな音を置いて射出された。

 リオンを守るものはない。騎士団長は騎士達と共に炎の巨人から王を守るため、シアはミナヅキとアディの応戦のため、リオンを貫かんと飛翔する氷剣に対しどうすることもできない。

 そして。

 リオンの腹から、鮮血が吹き出した。

「――して」

 正確には、横腹。

 氷剣はリオンの腹の中心を貫くのではなく、側面を斬り裂いていったのだ。

 嬲り殺しかい? と、グラハムが嗤った。

 それに答えることなく、フローラは第二射を放つ。

 今度は、氷の槍が肩を抉った。

「――どう、して」

 第三射の氷の斧は、(ふと)(もも)を削るように。

 第四射の氷の矢は、左手を正確に打ち抜いた。

「どうして、動かないんですか……? どうしてわたしを、殺しに来ないんですか!? 剣を抜いて。魔術を使って! 今、目の前にいる敵対者を、どうして倒しに来ないんですかッ!? ……わたしは、貴方を殺します。貴方がわたしの前に立ち塞がるなら、この魔術で撃ち抜きます。例え貴方が無抵抗だったとしても、わたしはっ、わたしは……っ! 貴方を、殺さなくちゃならないんですッ!!」

 泣いているみたいだ、とリオンは思った

 実際に涙が出ているわけではないけれど――今のフローラは、ただ泣き叫ぶ女の子にしか見えない。

「戦う気がないなら、どいてください。わたしの前に現れないでください。貴方が、貴方がいなければ……わたしは、迷わないでいられるから!!」

「どかない」

「なら戦え、剣を抜け!! 死にたいわけじゃないでしょう……!? こんなところで人生が終わるだなんて、嫌ですよね!? だったら剣を取ってください。もう、戦うしかないんですからッ!!」

「いいや、戦わないさ」

 戦うしか道がないだなんて――そんなことは、認めない。

 だって、リオンは約束したから。

「言っただろ、フローラ。俺は、お前を救う」

「……もう、遅いんです。どうしようもないんです。わたしは、罪を償うと決めた。グラハムの下で許しを請い、……決して許されないとわかっていても、それでもわたしは、そうするって決めたんです」

「……グラハムの下にいて、何が償いになるって言うんだ」

 ほんの僅かな沈黙があった。

 それが何を意味するのか、リオンにはわからない。

「……彼は、わたしの罪を知っている。償う方法を教えてくれる。……それだけで、十分です」

 何が十分なものか。

 まるで納得していない。むしろ自身に言い聞かせるような声色なのは――リオンの気のせいではないはずだ。

 その不可解さに言及する暇は、生憎とないのだが。

「そう、です。償う。わたしは……絶対に、あの人達がどれだけ恨んでいても……許しを請わなければならない」

「なあ」

 許しを請う必要がない、なんて言えるわけがない。

 リオンは彼女の過去を見た。少女の影法師(ドゥブル)が見せてくれた夢で、少女の罪を知った。そこに至るまでの道程を、そして彼女が最期に抱いた感情を、確かに聞いた。……最期の会話が現実にも起こっていたのかはわからないけれど、しかし、少女が抱える後悔に触れたのだ。

 だが、それでも――いや、だからこそ、リオンは問いかけた。

「何をもって償いとするのか。それは、他人に決めて貰うことなのか?」

 それは公的な罪の話をしているのではない。

 私的に背負う罪の意識、それを飲み干すための償い。それを他人様に決めて貰うこと――それこそ、

「逃げてる」

「――ッ」

「お前のそれは、自分の罪に向き合っているわけじゃない」

 或いは。

 フローラ自身、そのことに気づいていたのかもしれない。

 彼女は賢いから。勉学だけではない、地頭の良さがある。どんな状況でも正確に読み取れる頭脳がある。理解力がある。ゆえにわかっていたはずだ。グラハムの下についたところで、何を償えるはずもないと。代わりにどんな罪を重ねていくのかも、全部、知っていたはずだ。

 だから激昂はなかった。

 だから憤怒もなかった。

 代わりに、

「……でも」

 震える小さな体を掻き抱き、少女が零したのは――嗚咽。


「それでも、わたしは、そうするしかなかった……っ」


「……そんなはずは、」

「ある。あるんです。……わたしは、この道しか、選べない」

「本末転倒だろう。罪を償うために別の罪を負うなんて。そんなことしなくても、」

「わざわざ平和な日常を捨てなくても、償いはできる……ですか?」

 先んじて発せられた言葉に、いや、それを口にしたフローラのぞっとするほど冷たい声に、リオンは思わず口を閉じてしまった。

「……無理です」

「それは、どうして」

「――貴方が、いるから」


 ――キミは彼女にとって、枷にしかならない。


 先ほど聞いたばかりのグラハムの言葉が、リオンの脳裏を()ぎった。

 濡れた紫苑の瞳にたった一つの感情を浮かべて、少女は吐露する。

「貴方に、罪を知られたくなかった。貴方にだけは、わたしが汚いものだと思って欲しくなかった。わたしの綺麗な部分だけを見ていて欲しかった……ッ。だから、だからっ、わたしは、貴方の側にいたまま、罪に向き合うことはできない……!」


 それは、誰からの目にも明らかな。


「だから、貴方から離れた。救って欲しいだなんて勝手なことを言っておいて、わたしは貴方から逃げたんです。……あのまま貴方に甘えていたら、わたしは罪から逃げ続けてしまうから。そう……思ったから」


 それは、時に全てを狂わせてしまう――。


「でも、駄目なんです。どうしてもできないんです。向き合わなきゃいけないのに、ちゃんと、背負わなきゃいけないのに……! 貴方から離れた途端、わたしは、何もできなくなってしまった。なんにも、できないんです……貴方がいないと、わたしはもう……っ」


 ――純粋なまでの、恋慕。


 それに気づかないほど、リオンは鈍感ではない。

「なあ、フローラ」

「っ」

 びくりと少女の肩が跳ねた。

 不安定に揺らす紫苑の瞳をじっと見つめたまま、リオンはゆっくりと近づいていく。

「誰もが汚いところを一つくらい持っている……なんて、ありきたりのことを言うつもりはないけどさ」

 真剣な色の中に、僅かな呆れを混ぜ込んで。

 ただひたすらまっすぐに、想いをぶつける。

「俺は、生半可な気持ちでお前を好きだと言っているわけじゃないんだ」

「――――」

 最初は、まぁ、一目惚れでしかなかったけれど。

 血と薔薇(死体と魔術)で彩られた屋敷で言葉を交わし、協力してサイラスを打ち倒したあの時から。様々な人達と関わる日々の中で、リオンは少女と触れあい、想いを募らせてきた。

 その気持ちが生半可なものであるなど、他ならぬリオンが認めない。

「お前がどんな面を持っていようと、どんな過去を背負っていようと、全部含めて好きだと言う。そうしたいし、その覚悟もしていたつもりだ」

 ちょっと迷っちまった時もあったけど、と苦笑して。

 それから、手を伸ばせば触れられる距離で、リオンは少女に告げる。

「だからさ、フローラ。お前の全てを見せてくれよ。そして手伝わせて欲しい。お前が罪を償うために。そして、過去を乗り越えるために」

 それは、少女と誓った約束。

 一度は戸惑い、見失ってしまったけれど。

「重すぎるんなら一緒に背負ってやる。踏み出せないなら背中を押してやる。――だから。だからさ、フローラ」

 それでもリオンは、その胸に抱いた激情を、消してしまうことはできなかったから。


「俺のところに戻ってこい。お前の居場所は、ここだけだ」


(なんかプロットにない言葉をリオンが吐いてるな……なして……?)


※たぶんこれから出番のない人物設定

秋里春斗リオンの師匠

 春斗からは師匠、或いはルル先生と呼ばれている。本名は教えられていない。

《聖星教会》所属、十八示卿えらいひとの第二席。黒髪美女で、十八示卿の中ではまとも。

 秋里春斗の師匠であり恩人。春斗のことを助けたのは人道に基づいたものだったが、弟子にしたのは美少年だったからと、その性格が快いものだったから。……結局、強さはそれなりにしかならなくて少し残念には思っているが。そんな愛弟子が亡くなって悲しく思っている彼女は、魔術師としては珍しく人道的な人物である。



 次回も宜しくお願いします。

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