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第一五話:副王の拳

 俺の中で間違いなく何かが崩れた。ごっそりと正気が削れ、余った部分に狂気が浸透してゆく感覚。


 奇妙なことに、本来なら混ざり得ない正気と狂気が、自分の中で混ざり合い溶け込んでゆく。俺が恐怖を感じながらも平静でいられるのはそのせいだろうか。


「貴様ァ……! ようやく会えたなぁ! 絶対にこの場で殺してやる!!貴様みたいな化け物は、この世に存在してはいけないんだ!!!殺してやる!!殺してやる!!この邪神がぁぁぁぁ!!」


「ちょ、おい待て!! 生身であれに勝てるわけあるか! !」


 彼女は感情に飲まれていて、俺の言葉は届かなかった。

 シャリィは狂いきった憎しみを顔に浮かべながら、祟り神に向いた。そして服の中から素早く二本の小剣を取り出し、祟り神の側面から攻撃を仕掛けようとする。


「……」


 祟り神は、化け物らしい雄叫びをあげることも無く、ただ村長の死体を見つめていた。


 すると突然、まさにシャリィの刃が体に当たらんとした瞬間に、村長の死体に猛然と飛びつき、その悍ましい口で一心不乱に貪り始める。


「や、やめろ……レイモンさんを……」


 まずい。明らかにシャリィは動揺している。何をしでかすか分からない。


 なんとかして逃げることを提案しようと思った矢先であった。


「レイモンさんから離れろぉぉぉぉ!!」


 シャリィがその身体に小剣を突き刺す。先程から完全に冷静さを失っている。身体に飛び乗り、何度も小剣を突き刺す。祟り神が食事を止めたころ、すでに村長の死体は原型が無くなっていた。

 身体を刺された祟り神は、痛がる様子も無くシャリィに向き直る。ダメージが入っているのかも分からない。そもそも、こんな神みたいな奴を殺せる保証なんて全くない。


 そして俺は、ただの高校生。この場で動いても良い結果に繋がるとは思えなかった。

 現在、俺がこの場から逃げていないのは、ある意味目の前の存在から逃げられないことを悟っているからだろうか。


 そんなことを危機感の無い頭でぼんやりと考えていると、祟り神がシャリィを締め付け始めた。呻きながらも小剣を突き刺し続ける所に、並々ならぬ執念が感じられる。



 苦悶と憎しみの混ざった顔をしている。これが終わったら、いよいよ次は俺の番か。そう思った。



 ただ、その時にそいつが放った言葉が無ければ、俺は本当に壊れていたと思う。



「ぐっ……! あぐ……! に、にげ……て……」






 俺は一体どうしていたんだ。


 正直、この女には殺されかけたし、お世辞にも好きとは言えない。あの村の記録を見てこいつの過去を知っても、結局異常なことに変わりない。


 でも、思い出せ。俺は内藤 哲だ。俺には平和な日本で暮らした記憶が、確かにある。幼い頃から日本の道徳教育を受けてきた。十八年間で育まれた価値観が、俺にはあったはずだ。


 思い出せ。目の前には苦しんでいる女性がいる。そんなとき、俺はどんなことをすればかっこいい男なんだ? 日本でよく妄想していたはずだ。学校に攻め込んだテロリストを自分が無双して倒すとか、不良に絡まれた女の子を助けるとか。まぁ、目の前にいるのはヤバい化け物だが。


 それに、ここで逃げても、いずれ別の何かに出会う。狂気に満ちた出来事は、これからも俺に降りかかる。そんな気がするのだ。


 この世界に来て、村人からは信仰を押し付けられ、女には殺されかけ、村長は目の前で発狂した。


 全てが狂って見えた。周りの村人も村長も、誰もが人間に見えなかった。自分とは何もかもが違う。ゲームの登場人物のように、目の前の存在を俯瞰して見ていた。俺は受け身の存在として、流されるままであった。


 この女は、確かにイカレた狂人だろう。思い込みで人を殺そうとするし、変な強迫観念で殺すのやめるし。


 だが、「逃げて」という言葉が聞こえたとき、俺はこう思った。



 やっと、【人間】に出会えた、と。




 自然と俺は、このシャリィという少女を救うことを考えていた。


 無意識に【燃える三眼】を使っていた。目の前に、俺のステータスが表示される。


筋 力:15

耐 久:13

俊 敏:12

精神力:10

知 能:16


MP:47


魔術:【燃える三眼】【治癒】【副王の拳】



 【副王の拳】……不確定要素が多すぎるが、こうなりゃ使えそうなものは全て使う。よし、使っちまえ!


 意識した途端、目の前でシャリィを殺さんとしていた化け物の頭が、大きく仰け反った。アッパーでも食らったようなリアクションだ。


 祟り神の拘束が緩み、その隙にシャリィは脱出する。身軽に着地するが、咳き込んでいて弱っている。


「はぁ……はぁ……に、逃げてください。こいつは、私が」


「バカか!たった今、冷静さを失って突っ込んで殺されかけてただろうが! こう見えて、戦う力は少しぐらいあるんだ」


「しかし……」


「やかましい! とりあえず目の前のあいつから生き延びることを考えろ!!」


 祟り神が仕掛けてこない。警戒しているのだろうか。知能が無いわけでは無いようだ。


 10秒か、はたまた20秒か。ひたすら俺を見つめていた祟り神が急に動いた。もう一度、【副王の拳】を発動する。


 すると、化け物の胴体が上に弾かれる。


 おそらくこの【副王の拳】は、見えない何かで物理攻撃が出来るのだろう。ステータスを確認すると、MPが32になっていた。

 燃える三眼で3の消費、副王の拳を2回で12の消費、か。やはり、化け物が仰け反ったのはこの魔術の効果であるようだ。


「って危な!!」


 化け物が胴体を振り回し、締め付けようとしてきた。運良く、避けることが出来た。

 だが、次に攻撃をされたら避けれる自信は無い。


「ウテツさん!」


「テツな」


「テツさん!私が前衛で囮になります!」


「……了解!」


 俺を殺そうとした時のように、おそらく人間離れした動きができる。前衛は彼女に任せた方が得策だ。


 シャリィは、先ほどの我を忘れていた時とは比べ物にならない動きで化け物を翻弄する。挑発するように小剣で祟り神を切りつけながら、攻撃を人間の身体能力とは思えない動きで避けていた。バク宙とか、回避で使う人初めて見たわ。あれ?俺ってこんな奴に殺されようとしてたの?


「くそっ! 早すぎる!」


 一方俺は、祟り神に攻撃を確実に当てるタイミングを掴めずにいた。おそらく、【副王の拳】を一回使うごとに6のMPを消費する。となると、あと5回しか使えない訳だ。


 ふと、閃いた。


「おい!! そいつの攻撃を交わしたら、俺の後ろに飛べ!!」


 シャリィは、一瞬アイコンタクトを取った。祟り神が噛み付こうとするが、横に飛んで避ける。そして、そのまま俺の後ろに飛び込む。


 祟り神は大口を開けながら突っ込んでくる。俺は、そこに魔術を叩き込んだ。


「……」


 一向に声を上げず、ただ大きな衝撃を食らった様子だけを見せる。俺は、間髪入れずにもう一撃食らわせようした。


「よし! このままもう一発……あれ?」


 おい。おい待てよ。待て待て待て待て。冗談だろ?おい。何で使えねぇんだ?意識すれば使えただろうが。MPもまだ残ってただろ!? え? ちょっと待って? え? これ死ぬ? え、やばいやばいやばいやばい!! に、逃げるしか……


「テツさん!?どうしたんですか!?」


「だ、ダメだ。逃げろ。逃げるしかないんだ!」


「何を言ってるんですか! あいつを野放しにすれば、また犠牲……が……」


 シャリィが何かに気づいたようだ。顔を青ざめさせている。祟り神が、近くにいるシャリィではなく俺を見ている。


「避けてください!!早く!!」


俺の方が殺しやすいことを理解したのだろうか。は、ははは、俺死んだな。


 祟り神が俺に襲いかかる。距離にして15メートルほどを、とてつもないスピードで詰め寄ってくる。景色がゆっくりに見える。完全に死んだ。あー死んだわ。あの神に、また絡まれるのかな。異世界に来ても碌なこと無かった。苦情ものだな。これ。


 俺は目を閉じた。諦めたのだ。






 今、諦めたけど、やっぱやめたわ。どうやら俺の運は案外捨てたもんじゃないらしい。


「グギギギィ!!クゲギィ!!ギェェェ!!」


 例えるなら、鷹が蛇を捕まえた時のような構図だ。醜悪な化け物が、醜悪な化け物を地面に押し付けていた。しかし、これほど頼りになる化け物もいないだろう。


 シャンタク鳥。心の中で散々なことを言ったが、今の俺にとって、この化け物は紛れもなく龍神様に見えた。

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