第三話 当たり前
第二章に入ります。
昔、よく家に来ていた人の話です。まだ何かを決める前の、当たり前だった頃の話です。
小学生の頃、よく家に来ていた人がいた。
同じ学校の上級生だった。
友達だったと思う。
少なくとも、その頃の僕は、その人を友達として見ていた。
その人は、よく僕の家に来た。
学校が終わったあとだったり、休みの日だったり、時間はまちまちだった。
家に来ると、だいたいゲームをした。
パソコンのゲームだったり、据え置きのゲーム機だったり、その時に遊べるものを遊んでいた。
僕の家は、その人にとって都合のいい場所だったのだと思う。
その人の家は、いろいろと厳しかったらしい。
ゲームを自由にできる家ではなかったのかもしれない。
だから、遊ぶ場所は自然と僕の家になった。
当時の僕は、それを特に変だとは思っていなかった。
誰かが家に来る。
一緒にゲームをする。
時間が来たら帰る。
それだけだった。
その人は、自分の物を持ってくることもあった。
コントローラーだったり、ゲームソフトだったりした。
ゲーム機の本体を持ってきたこともあった気がする。
一度、古いパソコンのようなものを持ってきたことがある。
今の薄い画面ではなく、奥行きのある、重そうなものだった。
子どもがそんなものをわざわざ持ってくるのは、今考えるとかなり珍しい。
でもその時は、少し驚いたくらいだった。
そこまでして遊びたいのか。
そんなふうに受け取っていた。
その人は、僕の家の中に慣れていた。
玄関から部屋までの流れを、僕より自然に覚えているように見えた。
靴を脱いで、上がって、いつもの場所に座る。
持ってきた物を出して、僕の物の近くに置く。
それが何度も続くうちに、部屋の中にその人の物があることも、あまり気にならなくなっていた。
たぶん、そういうものだと思っていた。
友達が家に来る。
友達が物を持ってくる。
友達が僕の部屋にいる。
その頃の僕には、それを止める理由がなかった。
楽しい時間もあったと思う。
何度も遊んでいたのだから、楽しくなかったわけではない。
ゲームをして、話して、笑うこともあった。
その人が持ってきた物を見て、すごいと思ったこともあった。
自分の知らない物が家に来るのは、少し面白かった。
ただ、今でも覚えているのは、楽しかったことだけではない。
その人が当たり前のように家に来ていたこと。
僕の部屋に、当たり前のように入っていたこと。
僕の物と、その人が持ち込んだ物が、同じ場所に並んでいたこと。
そして僕も、それを当たり前のように受け入れていたこと。
当たり前という言葉は、便利だと思う。
その時は、深く考えなくて済む。
説明しなくてもいい。
ただ、あとになってから、その言葉の中に入れていたものを思い出すことがある。
あれは普通だったのか。
あれは友達だったからなのか。
それとも、友達という名前にしていただけなのか。
その頃の僕には、まだ分からなかった。
嫌だと言えるほど、はっきりしたものはなかった。
でも、何も感じていなかったわけでもなかった気がする。
小さな引っかかりみたいなものはあった。
けれど、それはすぐにゲームの音や会話の中に紛れた。
気にしなければ、そのまま過ぎていく。
そういうものだった。
この話は、その人を責めるための話ではない。
昔、よく家に来ていた人の話だ。
一緒にゲームをしていた人の話だ。
その頃の僕が、友達だと思っていた人の話だ。
友達だった。
よく家に来ていた。
一緒にゲームをしていた。
僕はそれを、当たり前だと思っていた。
少なくとも、その頃は。
読んでいただきありがとうございます。
しばらく、この人の話が続く予定です。




