第一話 いや聞いて!
深夜のコンビニが好きだ。
客は少ないし、車も少ない。
蛍光灯だけが妙に白くて、誰もいない通路を照らしている。
丑三つ時なんて言葉があるけれど、自分にとっては怖い時間ではない。
むしろ落ち着く。
世界が少しだけ静かになる。
そんな時間だった。
「おしぼりつけますか?」
レジに来た客へ聞く。
「一つお願いします」
「十個ですね。少々お待ちください」
「そんなにいらんわ」
お互い笑った。
別の日。
「袋十枚ですね」
「いや、千枚ほしいわ」
「業者の方ですか?」
また笑った。
初対面でもたまにやる。
滑ることもある。
でも笑ってくれる人は結構いる。
自分は人が笑う瞬間が好きだった。
だから接客は嫌いじゃない。
ネットでは二枚貝という名前を使っている。
本名ではない。
もちろん貝でもない。
昔から人の話を聞くのが好きだった。
好きというより気になる。
どうしてそうなったのか。
何が好きなのか。
何を考えているのか。
そういうものが気になって仕方がない。
だからネットの通話なんかも好きだった。
あるゲームのコミュニティで知り合った子がいる。
自分より少し年下。
動物関係の仕事を目指して勉強していると言っていた。
そして腐男子だった。
その子は好きな話になると止まらない。
「このキャラがさ」
「うん」
「いや聞いて!」
始まった。
そう思う。
でも嫌じゃない。
「この設定がまず良くて」
「ほう」
「しかもストーリーでこうなって」
「なるほど」
「だからここが最高なんだよ!」
正直、自分はその作品を知らない。
でも面白かった。
作品じゃない。
その子自身が面白かった。
少しつつくだけでどんどん話が出てくる。
まるでおもちゃみたいだった。
「お前、叩くと鳴るおもちゃだな」
そう言ったことがある。
「ひどくない?」
「でも鳴るじゃん」
「鳴るけど」
お互い笑った。
その子は歴史上の人物をモチーフにしたゲームが好きだった。
その中でも特定のキャラクターの話になると特に早口になった。
「いや聞いて!」
から始まり、
「いやだから!」
になり、
「そこが良いんだって!」
で締まる。
熱量の塊みたいな人だった。
自分にはそういうものがなかった。
だから羨ましかったのかもしれない。
いや、違うな。
単純にすごいと思っていた。
何かをそこまで好きでいられる人を見ると、素直にすげぇなと思う。
ある日、その子が言った。
「Vチューバーやってみようかな」
「いいじゃん」
自分は即答した。
「話上手いし向いてると思うよ」
数ヶ月後。
夜十時頃だったと思う。
「明日空いてる?」
そう聞いた。
「空いてるよ」
「じゃあ行くわ」
「え?」
「行く」
翌日、自分は新幹線に乗っていた。
今思うと意味が分からない。
でも当時は自然だった。
会ってみたかったのだ。
その子と。
実際に会った。
牡蠣を食べた。
海を見た。
カラオケへ行った。
その子は恋愛の歌を歌っていた。
自分はラップやアニソンを歌った。
趣味は違った。
でも楽しかった。
大事件なんて何もなかった。
それが良かった。
数週間後。
その子から連絡が来た。
「ごめんね」
そんな言葉から始まっていた。
「やりたいことが出来たんだ」
だから今の知り合いとの連絡を切って挑戦したい。
そんな内容だった。
何をやるのかは書いていなかった。
聞こうと思えば聞けた。
でも聞かなかった。
「頑張ってね」
そう返した。
それきりだ。
今どこで何をしているのか知らない。
本当にVチューバーになったのかもしれない。
全然違うことをしているのかもしれない。
分からない。
でもそれでいいと思っている。
後悔はしていない。
後悔は心の贅沢だと思う。
反芻したところで過去は変わらない。
だから寝たらだいたい忘れる。
それでも忘れないものはある。
あの子の声。
「いや聞いて!」
楽しそうな早口。
海の匂い。
牡蠣の味。
カラオケの空気。
そして昔、コンビニを辞める時に言われた言葉。
「本当に辞めちゃうの?」
「寂しくなるなぁ」
「お兄さん面白かったよ」
「君がいたから来てたのに」
あの時は笑っていた。
でも嬉しかった。
たぶん、自分を見ていてくれたからだと思う。
深夜二時。
レジの音が鳴る。
また客が来た。
変な人かもしれない。
面白い人かもしれない。
よく分からない人かもしれない。
それでもたぶん、自分は話を聞く。
この人はどうしてそうなったんだろう。
ただ、それが気になる。
不満はない。
今日もたぶん、誰かが来る。
※初めての小説投稿だったため、文章の構成や推敲については生成AIに相談しながら執筆しました。
なお、作中のエピソードは実体験をもとにしたフィクションです。




