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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
1章 甘い毒

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1−8 キラキラの朝

 朝日が差し込んできて顔を照らし、瞼の中にも光を感じる。まどろみながら薄目を開けると、おいしそうな匂いが鼻腔をくすぐってきた。手探りで憶俊イージュンの体を求めたが、毛布とシーツの空間があるだけで、手がなにもない空間を弄っている。


 体を起こして起き上がると、無防備な胸があらわになり、慌てて毛布を引き寄せる。


憶俊イージュン……?」


「あ、美里みさとさん、起きた? まだ寝てて大丈夫だよ」


 台所から憶俊イージュンの声がして、なにやらカチャカチャと音が響いてくる。


憶俊イージュン……どうしたの?」


美里みさとさん、フォーって食べたことありますか?」


 (フォーって確か米で作った春雨みたいなやつ……?)


「ううん、食べたことないけど……」


「いまフォーのスープを作っている。初挑戦の料理」


「え? そうなの? ごめん、私も作るよ」


「いいの、美里みさとさんは寝てて。中国では男が料理するのは当たり前だから。それに昨日は疲れたでしょ?」


「フォーって、たしかベトナム料理だったっけ?」


「中国でもフォーって食材として使いますけど、今作っているのはベトナム料理のフォーですね。このまえテレビでやっていたんです」


「え? すごいね。テレビでやっていた料理が作れるの?」


「実は、中華料理のスープにフォーをいれただけ。だから、偽物のフォー料理です」


「それでも、すごいよ」


「できるのにもうちょっと掛かるから、ゆっくりしてて」


 昨夜の憶俊イージュンのことを思い出して、顔が思わずにやけてきた。憶俊イージュン、なんて優しいの。彼みたいな人が旦那様だったら、毎日幸せだろうな。


「ありがとう、じゃお言葉に甘えてシャワー浴びてもいい?」


「もちろん。その間にできると思うから」


 ベッドの周りを見渡した。ちょっとこのままベッドから出るのは……。


憶俊イージュン、ごめん……その……バスタオル取ってくれない?」


「え?」


「その、ちょっと明るくて恥ずかしくって……」


「え? いまさら? 昨日あんなだったのに?」


 憶俊イージュンが大きいバスタオルを笑いながら手渡してくれた。


「もう! 女心がわかってない! 隠したいものなの!」


「ははは、ごめんなさい。でも美里みさとさんの体綺麗だから、見ていたい」


「もう、ばか!」


 バスタオルで体をくるんでバスルームに逃げるように入った。


 お世辞かな? 体が綺麗って……。


 鏡に写った自分の身体を眺めてみた。お腹は出てないよね? くびれもあるし……胸も……まだ垂れていないし……。


 綺麗……なのかなぁ……。


 ついニヤけてしまう。そうしていると、外から憶俊イージュンの声がした。


美里みさとさん、もうすぐできるよ、朝ごはん」


「あー、ありがとう、すぐ出るね」


 シャワーを頭からザザッとかぶった。まどろみの中で起きる朝、美味しそうな匂いと食事、綺麗って言ってくれる旦那様。こんな漫画みたいなキラキラの生活が私に来るなんて。


 その時、心に一つの影が差した。この生活が、いつか壊れてしまうんじゃないか……こんな幸せがいつまで続くんだろう……。


 壊れた時、失った時、どうなってしまうんだろう……。考えたくなくても浮かんでくる不安。その不安を払うために、頭をガシガシと洗っていた。


シャワーから上がると、部屋の中が香ばしい匂いで満ちていた。


「うわー、いい匂い。美味しそう」


美里みさとさん、ちょうどできたよ。美味しいかわからないけど」


 憶俊イージュンがよそってくれたスープを一口飲んでみた。口の中にスパイスの香りが一気に広がる。


憶俊イージュン、すごく美味しい。これはなに? なんかスパイスの香りがして、体にあっている」


「パクチーを入れてみたんです。苦手な人も多いけど、前に美里みさとさん、食べているのを見たから、平気かなって入れてみました」


「あ、これがパクチーなのね。へえ、いままで意識してなかったけど」


「ちょっとクセのある香りですよね。でもデトックス効果や栄養があるんですよ」


「うん、私全然大丈夫。パクチー」


「フォーも食べてみて。歯ごたえがあって美味しいと思います」


 言われるがまま、スープに入っているフォーをすすった。コシのある麺状のものが、口の中でスープと混ざり合って流れてくる。


「うん、フォーも美味しいね。すごい健康的な朝ごはんって感じ」


「中国では、これにおかゆとか揚げパンとかつけるんですけど、揚げパンがなかなか売ってないですね」


「日本だと揚げパンは無いかもね。パン屋さんで売っているきなこ揚げパンとかになっちゃうかも」


 もう一度フォーをすすった。体の隅々まで浄化されていくような味だった。


 部屋に朝日が差し込んで、美味しいご飯とやさしい彼、昨晩の甘い記憶。さっきまでの不安がすっかり消し飛んでしまっていた。


 将来に不安はある。それは誰でも一緒。でも今はキラキラ輝いている。それだけで満足だった。


 <つづく>


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