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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
4章 逃避

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34/44

4−4 逆転

 制御センター内は、相変わらず喧騒に包まれていたが、一箇所だけ時が止まったように静かな空間があった。戻ってきた竹川たけかわは、さっきとは打って変わって自身のPCの操作に没頭していた。その横で、遠野とおのが憔悴しきった声で叫んだ。コンソール上の時計表示は十時になろうとしていた。


竹川たけかわさん、まだですか!? その『向こう』ってやつは!? もう時間がない!!」


 相変わらず指はすごい速さでキーボードを操作している。それ以外は微動だにしない。


「……コーヒー」


「え?」


「コーヒーおかわり。アリアリで!」


 緊迫した中での場違いな言葉に、苦々しい表情を浮かべた遠野とおのがコーヒーにミルクと砂糖を入れて持っていった。彼女はそれを受け取り、一口啜って「甘っ…」と短く言う。


竹川たけかわさん、わかっているんですか? もし放射能事故になったら、あんたもタダじゃ済まないんですよ!」


 2台のPCを器用に片手ずつで操っている竹川たけかわは、顔を向けもしなかった。


「……オジサン、ここって一年ぐらい生活できるんだよね? さっきのカフェテリアの食料もあるの?」


(何を言い出すんだ?)


「ええ、隔離されたとしても一年ぐらいであれば」


「中は安全?」


「職員の安全は確保されています! 戦争が起こったって無事ですよ!」


「水は? 風呂キャン?」


 理解が追いつかず、一瞬固まった。(風呂キャンってなんだ?)


「んー、あたしネットがあれば一年ぐらい引きこもり平気なんだよね。金も出るし、むしろ天国?風呂はたまにでいいし」


(なんなんだ、コイツは!)

 怒鳴りつけたい衝動をなんとか抑えた。


(昔、Youtubeで火事を起こした輩がいたと聞いた。コイツも、その場のウケがあれば良い連中と同類か)


「とにかく!! やれることをやってください! こちらもなんとか止めるようにしてみます!」


遠野とおのさん!」


 悲鳴にも似たオペレータの声が制御センター内に響く


「ダメです! もう超臨界、限界です!」


 目を瞑った。


(これまでか)


(職員を避難……いや、もう遅い。今の日本で、ここより安全な場所はない)


(日本海内には、隣国の軍隊が駐留しているらしい)


(これをキッカケに、大規模な武力侵攻が始まる)


(日本は外国の軍隊に蹂躙されるのだろうか)


(せめて家族だけは助かってほしい。電話がしたいが、なんて言えばいい?)


(中国が攻めてくるから、逃げろと?)


(どこに?)


(せめて遺書でも)


(いや遺書なんか書いても無駄か)


 諦めに近い心情で周囲を見渡した。周囲の喧騒が、まるでホワイトノイズのように耳を流れていく。


(せめて家族に最後の電話だけでも)


 スマホを取り出し、妻の番号にかけた。だが『通話できません』というメッセージが出て、繋がらない。


 話し中か? こんなときに……。


 つづいて、娘の番号にかけるが、こっちも「通話できません」というメッセージが出て、電話を掛けることができなかった。


「オジサン?」


 竹川たけかわがこちらを見ずに呼びかけてくる。


「電話使えないよ、無駄」


「なんだって?」


「ここさ、今、通信が遮断されているの、電波妨害ね。通じるのは国家情報局の番号だけ」


「……」


「いま一応軍事危機下でしょ? だから基地局止めたみたいだね」


(なんてこった、最後の言葉もかけることができないのか)


 天井を見つめながら、コーヒーのカップを片手に深く椅子にもたれかかった。


(最後のコーヒーか)


(せめて酒ぐらいあればな)


 横を向くと、竹川たけかわの手も動きを止め、モニターに見入っている。


(諦めたか。本当に終わりだな)


 壁に設置されたモニターには、原子炉の外観が映し出されていた。安全平和の象徴だったはずの、最先端原子力発電所の。


遠野とおのさん! 遠野とおのさん!」

 オペレーターの一人が叫んでいる。


(今度はなんだ?)


(今更何が起こっても驚かないぞ)


「さ、下がっています。下がり始めました」


 思わずコンソールの時計に目をやった。


 10:24


(もって六時間……)

(あちゃー……保険は入っている?)

 遠野とおの竹川たけかわの、今朝交わした会話が、頭の中を駆け巡った。


「確かか?」


「数値が下がっています。停止し始めました」


 竹川たけかわが、コンソールから顔を上げた。


「んー? 間に合ったー?」


竹川たけかわさん! あんた何をしたんだ? トロイの木馬が発見できたのか?」


「そんなわけないじゃん」


「では、修正プログラムを当てた?」


「そんなのまだ世に出てないよ。緩和策もないし」


「では、どうやって」


「即席のトロイの木馬を作ったんだ、ここに」


 竹川たけかわが、ケーブルの繋がったPCをポンポンと叩いた。まるでペットを褒めるかのように。


「今回のは制御システムのネットワーク内に、物理的に仕掛けられたトロイの木馬である可能性が高い。基板上は難しいから、インターフェースかケーブルをバイパスしているか……というかほぼ確」


 指でケーブルを、なぞるように動かしている。


「物理的に仕掛けられたものをネットワーク越しに発見し駆除するのは無理ゲー。さっきも言ったけど数日かかる。ハードウェアをまるまる交換した方がいいレベルだね」


 遠野とおのは呆然とし、竹川たけかわの指先、そしてその先のコンソール基板に目をやっていた。


「で、今回のトロイの木馬は、仮にシステムを再起動してもバックアップから戻しても、すぐにまた再発する。実質的に根絶はできない。この短時間ではね」


 竹川たけかわは、コーヒーを一口飲んで言った。


「わかっているのは、制御システムの構造、脆弱性の内容」


「だから、同じ脆弱性を利用したトロイの木馬で逆転させたの。このPCをケーブル直付けしてね。相手が物理的に細工をしたように、PCで物理的に細工をしたの。トロイの木馬返しってこと。相手もまさか自分と同じ手口でやり返されるとは思ってないでしょ? きっと顔真っ赤だね。ざまぁって感じ?」


 遠野とおのには、竹川たけかわの言っていることが半分も理解できなかったが、とにかく危機を脱したということだけは分かった。


「助かった……ということですね?」


「制御システムが隔離されててよかったよ。こんなの普通のネットワークだったらEDR《高度セキュリティソフト》に即消しされちゃうからね。EDR対策まで作り込んでたら、とてもじゃないけど間に合わなかったよ。無防備ってのもたまには良いもんだね。よかったね、保険使わずに済んだじゃん」


「あとさ」


「もうちょいマシなコーヒーない?」


 さっき遠野とおのがいれたコーヒーを、突き返してきた。


 <つづく>


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