1−10 覚悟
憶俊との子供が欲しい。それが残酷なほど身勝手な「エゴ」だということは分かっていた。内腿を伝う生々しい感触が、いつからか私たちが「避妊をやめた」という事実を静かに物語っていた。ベッドから半身を起こし、内腿に手をやると、彼のモノを指先に感じることができた。嫌な感じではない。むしろ、彼のモノを受け入れたという満ち足りた気持ちで、部屋を照らす朝日を眺めていた。時計を見ると、出勤まで一時間以上の余裕がある。
隣では憶俊が静かな寝息を立てている。
私たちは半同棲状態になり、ほぼ毎日一緒に暮らすようになっていた。
彼の体の温度、彼の匂い、差し込む朝の光。その全てが、孤独だった人生を塗り替えていた。全てが愛おしく感じる。憶俊の存在によって。
憶俊の前髪をそっとかきあげ、静かに額にキスをすると、ずっと隣に居たい欲求に逆らって、裸のままベッドからするりと抜け出た。
たまには朝食ぐらい作るか。トーストと目玉焼きぐらいなら。
恐ろしいほどの愛おしさを腹の底に感じつつ、ベッドを抜け出してシャワーへ急いだ。
いつも憶俊は、体を気遣って避妊をしてくれていた。だがある時、避妊具をつけようとしていた彼の手を止めた。
「今日、それ付けなくていい」
「え? でも」
「いいの。憶俊を直接感じたい。それに憶俊との子だったら欲しい。きっと可愛い顔した男の子だよ」
その言葉は、私自身の心の奥底に隠れていた本音だった。エゴだということはわかっている。でも、それでも構わない。父を亡くしたあの日から、兄弟も親戚もいなかった。また大切な家族を失うのが怖くて、誰かと深く関わることを無意識に避けて生きてきたはずだった。
いつか、憶俊が、目の前からいなくなってしまったら? そんなの嫌だ。
「僕の子供?」
憶俊は、明らかな戸惑いを見せていた。重いと思われたかな? 拒否してくるかな?
「そういう意味じゃないの。私、憶俊との子だったら、きっと可愛いし、一人でも育てられる」
「美里さん、僕に子供がいるなんて想像できない。でも美里さんの子供だったら絶対に可愛いと思います」
「やだ、憶俊の子供でもあるのよ?」
「はい、二人の子供。絶対に可愛い」
「まだ、できるって決まったわけでもないのに」
私たちは笑いあった。こんな幸せな笑いって。その夜いつもより激しくお互いを求めあっていた。
熱いシャワーを頭から浴びて体をリフレッシュさせる。一気にけだるさが抜けていくのがわかる。大きめのバスタオルで体をくるんでバスルームから出ると、憶俊がベッドの端に座っているのが目に入った。
「おはよう、起きてたの?」
憶俊は俯いたまま身じろぎもしなかった。
「憶俊?」
「美里さん、僕、僕」
……どうしたのだろう? 怯えている?
「どうしたの? 大丈夫?」
「怖い……」
「怖い? 何が?」
「自分がないのが怖い……」
「え?」
「美里さんがいなくなっちゃうのが怖い、自分がなくなるのが怖い……」
憶俊は、膝を抱えるように、小さくベッドの端に屈んでいた。
「憶俊、どうしたの? 私いなくなったりしないよ、ずっと憶俊のそばにいるよ?」
「僕は本当の自分じゃない。作られた自分。美里さんに気に入られるように作っている」
消えいるような声が、呪詛のように憶俊の口から漏れてくる。隣に座って彼の顔を胸で包み込んだ。小さく痙攣するように彼の頭が揺れている。
「憶俊、それは私も同じだよ? 憶俊に嫌われるのがすごい怖い。あなたに好きになって欲しいと思っている。みんな一緒だよ?」
「違うんです、僕、僕」
震える憶俊を、そっと抱きしめてあげることしかできなかった。憶俊、どうしたんだろう? 自分がなくなるって……?
同じ姿勢のまま、胸の中で小さく震えている彼の頭を、そっと撫でながら彼の名前を呼び続けた。
<つづく>




