第13章-2 見える見えない
男はアイスティーを飲み干すと、大きく息を吐いた。
「この話、どう?」
「ワタクシ、そんなくだらない話を聞きに来たんではなくってよ」
目の前の青い寝間着姿の男からもらったアイスティーを口にしながら、篠生 鈴は文句を言う。
寝間着姿の男は頭を掻きながら、悪びれる様子はない。
「まあまあ、真面目なことばっかり話していたら疲れるからな。息抜きにはちょうど良いだろう?」
「あら、兄さんが真面目な話をしているところなんて見たことないけど?」
談話室の入り口のところから声を掛けたのは、淡いピンクのカーディガンを羽織り、入院着を着たジュリ。
ジュリは青寝間着の男、もといジョンに話しかける。
「長い入院生活で、呆けたのかしら?」
「入院してもう一ヶ月だからな。多少は頭のネジも緩むもんだろう?」
そう言うと、ジョンは空になった紙コップを握りつぶした。そして大きく背伸びをしながらあくびをつく。
先日の”天使”との戦いで負傷したジュリとジョンの2人は、長い入院生活を強いられることになったのだ。そして、2人がこの病院に入院してから早、一ヶ月が経過しようとしていた。
「せっかく、ワタクシが忙しい合間を縫ってわざわざお見舞いに来たというのに」
鈴は眉間にしわを寄せながら、不機嫌な表情になる。ジョンはその鈴の様子を見て、流石に空気を察したのかジュリに向かって『助けてくれ』と視線で訴えかける。
ジュリはそのことを察すると、話題を変えるために鈴に声を掛ける。
「篠生さん、お見舞いありがとうね。 ……ただ、アナタがわざわざお見舞いだけをしに来るとは思えないんだけど?」
「ジュリちゃん、正解ですわ」
「ジュリちゃん……?」
鈴の距離感がない愛称付けに、戸惑うジュリ。ただ、鈴はそんなことは気にも止めずに意気揚々と話し出す。
「実はこの明治病院に、篠生財閥が出資することになりましたの。 で、今日はその詰めの話に来ましたのよ」
「ああ、そういうこと。でも、篠生財閥は医療の分野にはまだ進出してなかったんじゃない?」
「これから、進出予定ですわ。まあ、このことは内密にお願いしますわね」
「まあ、良いけど」
「じゃあ、ワタクシはそろそろ社に戻りますわね。 ところで、さっきのジョンさんの話って本当なんですの?」
「……さあ? 私は聞いたことないけれど」
そして、ちょうど鈴が談話室から出ようとした瞬間、東向きの窓ガラスに大きな影が横切る。
そのことにジュリと鈴が同時に気がつき、それが何かを口に出す。
「人っ……」
東向きの窓から、重たい音が室内に響いた。
そして、何かに気がついた鈴が窓から下を覗き込む。
「ワタクシの車……」
そこには鈴が病院に来るまでに乗ってきた、漆黒のメルセデス・ベンツに突き刺さった人間の姿があったのであった。




