第12章-11 血濡れの守護天使
”天使”に右腕の皮膚を裂かれ、灰色のコンクリートと黒カビにデコレートされた地面に、鮮やかな紅が滴り落ちる。
ジュリは右腕を庇いながらも、天使の鳩尾に向かって厚底ブーツの靴底で蹴り上げる。
「くっ……」
思いっきり”天使”を蹴り上げた反動を利用して、間合いをとるジュリ。右腕の皮膚は無残にも剥かれて、一部の皮膚が千切れかけながらも呼吸に合わせるようにして揺れていた。
「……あまり、良い状況じゃないわね」
先ほど蹴り上げた右足に微かにしびれを感じながら、ジュリは1人つぶやいた。
天使の体は細身の体からは想像できないほど堅く、まるで大量の砂を詰め込んだサンドバッグのようであったのだ。そんなモノを蹴り上げた右足は、怪我自体はないもののしびれを伴ってジュリの機動力を削いだのだった。
天使はそのジュリの様子を見ると、優しく微笑んでその白い翼を大きく広げる。その様子を見たジュリは裂かれた右腕を庇いながら、左手だけで大型チェーンソーを構え直す。
天使は完全にその翼を開ききると、まるで宙に溶けたかのようにその場から消える。。
咄嗟にジュリは頭で考えるよりも早く、チェーンソーの刃で自身の頭部を守るように構えた刹那、金属と金属がぶつかる甲高い音が辺りに響いた。
次の瞬間、ジュリの体を衝撃が襲う。そしてその体は錆び付いた転落防止用の柵へと叩きつけられたのであった。
「……割に合わない仕事って、本当に嫌だわ」
ジュリは背中に突き刺さった鉄線から抜け出しながら、ため息交じりにつぶやく。ジュリは手元と目をやると、そこには愛用のチェーンソーの刃に当たるチェーン部が外れかけ、さらにはそれを支えるガイド部にも大きく亀裂が入っていた。
次にぼんやりした目を屋上にと向けると、そこにはうずくまる天使の姿。先ほど前は純白であった翼は無残にも裂け、その血が純白の翼を赤く染め上げる。
天使の表情からは先ほどの柔和な口元の笑みは消え、代わりに肉食獣を思わせる鋭い牙が並んでいた。
そして天使はジュリを睨み付けると、先ほどと同じく翼を広げ始めた。
天使が翼を広げ掛けたと同時に、天使の足下に転がる2つの手榴弾。
そして次の瞬間には、天使を巻き込んで白煙が舞い上がる。
「ジュリ、大丈夫か?」
いつの間に意識を取り戻したのか、フェンスにもたれかかっているジュリに手を差し出すジョン。
ジュリは差し出された兄の手をしっかりと握ると、フェンスから身を起こす。
「少し、遅いんじゃない?」
「あのまま、ずっと寝ていたよりかはマシだろう?」
ジョンはいつもの通りに軽口を叩くが、顔色は紙のように白い。ジュリが不審に思ってジョンの足下を見ると、ゆっくりと血だまりが広がっていくのが見えたのであった。
そして血だまりに滴る血を追うと、背中に鉄片が生えていたのであった。
「兄さん!?」
「……あまり、遊んでいる時間はなさそうだな」
ジョンは大量の出血からか手先を振るわせながらも、天使へと目線を向ける。そこには白煙の切れ間の中に見える、顔にヒビの入った天使の姿があった。
ジョンは次に、手元にあった閃光手榴弾とスモークグレネードを同時に天使へと投げつける。
「取りあえず、作戦を練るぐらいの時間は稼げたな。で、どうする?」
「……いつも通り、兄さんが隙を作って私が”アレ”をたたっ切るわよ」
「……いつも通り、ね」
ジョンは震える手で、マグナムのマガジンを交換する。ジュリも壊れかけた愛用のチェーンソーのエンジンを大きく吹かす。
そして、白煙が切れる前に駆けだそうとした2人の前に、ふらりとフランクが立ちふさがったのであった。




