第2章-6 妖精博物館
――博物館の上空からガソリンを放水したヘリは、旋回してその場を離れる。ヘリに搭乗していた清水は、手に持った無線機で指示を出す。
「焼け」
博物館の周囲を包囲していた部隊が、火炎放射機でガソリンまみれの博物館に火を点ける。
古くて乾燥していた木造建設の博物館は、あっという間に火の海と化した。
「フェアリーどもを1匹も逃すな。下水道にも部隊は回しておけ!」
多くのフェアリーが窓から飛び出してくるが、熱と日の光に曝されるとすぐに黒い消し炭となっていった。
「とりあえず、俺らの仕事は終わりだな」
「清水さん、博物館にまだ人が居ますよね? 大丈夫なんですか?」
ヘリの操縦士が清水に尋ねる。
「ああん? 知らねぇよ」
「えっ」
「あいつら2人なら大丈夫だろ。通報者たちも、もう駄目らしいからな。まあ、俺たちの仕事がちょっと早くなっただけだ」
そう言うと清水は、眼下に広がる火の海を見つめるのであった。
――焼ける博物館の中、ジュリは”妖精の母”と対峙していた。ジュリはジョンとは別々の方向に投げ飛ばされ、壁際に追い詰められていた。
通気口より大量に湧いた、2人に飛びかかろうとしたフェアリーの大群が熱によって燻され、床に次々と落ちていく。
熱により、マザーにも変化が訪れた。その漆黒のような甲殻が、鈍い赤色に変化していった。
ジュリは、自身の隣に落ちたチェンソーを拾い上げると、エンジンを大きく吹かした。
マザーはその音に反応したのか、ジュリの方に目掛けて突進してくる。
「ジュリ!目をふさげ!」
ジョンは胸に着けたスタングレネードのピンを抜くと、マザーの顔目掛けて放り投げる。
一瞬、辺りが白い閃光に包まれ、耳をつんざく爆発音がこだまする。
マザーは直接閃光を見てしまったのか、目を押さえて混乱する。
「兄さん。ありがと」
ジュリはその瞬間を見逃さず、チェンソーの刃を火の中に突っ込んだ。
刃に火が燃え移ると、ジュリはマザーに向けて飛びかかった。そして、刃が燃えた状態で、マザーの首に勢いよくチェンソーを振り下ろす。
先ほどまではほとんど傷が付かなかった甲殻が、熱によって脆くなり、チェンソーの刃を容易に受け入れてしまう。
マザーは叫び、咄嗟に刃を手で押さえようとするが無駄な抵抗であった。
ジュリは勢いを止めず、マザーの指とその首をたたき落とした。
マザーの生首が床に落ちる瞬間、ジュリはそれを燃えさかる火炎に蹴り込んだ。首をなくした胴体が、膝から崩れ落ちる。
「兄さん!」
膝を着き、ジュリにひざまずく体勢となった胴体部を思いっきり、兄の方に向けて蹴り飛ばした。
ジョンは吹き飛んでくる胴体に向けて散弾銃を発砲する。先ほどまでは傷すら付かなかった胴体に風穴が開く。ジョンが手持ちの弾を全て撃ち尽くした後、上半身の胸から上が消し飛んだマザーの死体が残された。
ジュリは兄の方まで歩くと、手を差し伸べる。
「早く帰らないと」
「ああ、そうだな」
ジョンはジュリの手を掴むと、勢いよく立ち上がる。2人は燃えさかる博物館を、大量のフェアリーの死体を踏みつぶしながら脱出した。
*
ジュリたちは博物館を脱出したあと、清水に呼び止められた。
「頼んだブツは?」
清水はジュリに尋ねる。
「ああ。はい、コレ」
ジュリは腰に着けたポーチを開けると、数枚の羽を清水に手渡した。
「おう。ありがとさん。また頼むわ」
ほくほく顔の清水を尻目に、ジュリとジョンの2人は車に乗ってその場を後にした。
この日の夕方のニュースで、『妖精博物館』が不審火で焼失したと、ニュースキャスターが無機質に読み上げた。
このニュースを見ていた視聴者の1人、横溝 雅司は「最近、物騒な事件が多いなぁ」と思いながら、チャンネルをニュースからバライティ番組に変えるのであった。