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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
血濡れの守護天使
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第12章-6 血濡れの守護天使

ジュリは冷たくなった被害者の少年を、部屋の中央にある銀色の解剖台に乗せる。

そしてゴム手袋を嵌めて、被害者の体の隅々を調べ始めた。


 少年のショートヘアをかき分け、無残にも剥がされた顔を見、四肢に残された痕跡を探し始める。

少年の体を裏返した時、ジュリは少年の体のどこにも死斑がないことに気がついた。


「あら? 死斑がないのはおかしいわね。確か死因は痛みによる多機能不全だって聞いたけど?」


「そう判断したのは、現場に居た鑑識だろう。実際の死因は出血多量によるショック死さ」


 ジュリは後ろに立つ飯田に振り返りながら、疑問を投げかけた。

飯田はやや伸びた無精ひげを擦りながら答えた。


「まあ、これまでの被害者たちは全員、痛みによるショック性の多機能不全が死因だったからな。 そう思うのも無理はないさ」


 通常、人間が死亡した際には体の中を循環していた血液は動きを止めて、死後6~12時間ほどで重力に引っ張られる形で体の表面に紫の痣として現れる。

仰向けなら、背面部。うつぶせなら、胸から腹部、膝といった前面部に現れる。そうして、被害者が死後どのような体勢で居たのか判断できるはずであった。


 だが、死斑がない場合が大きく分けて2つある。1つ目は、死亡後にあまりにも時間が経っている場合。

そして2つ目がそもそも血液がない場合である。今回の被害者は、最後に目撃されてからゴミ捨て場に捨てられているまでに1日と経っていなかったので、2つ目の血液が抜かれていた可能性が高かったのだ。


「ジュリちゃん、被害者の首元をよく見てくれ」


 飯田も手袋をはめると、ジュリの横に立って被害者の首元を指さす。

そこは確かに皮が剥がされて痛々しい赤い筋繊維が顔を覗かせていたが、そこには大きな傷など見えなかった。


「……どこにも傷なんて見えないけど?」


「一見するとそうだな。だがな……」


 飯田は指で首元を触るとまるで三つ編みにした髪をほどくように、筋繊維がほぐれて広がった。

そして広がった空間には、ズタズタにされた血管が見て取れた。


「俺も30年はこの仕事をやっているが、こんなのは見たことがない。こんな血管をズタズタにされたんじゃ相当量な出血だったはずだが、現場にゃあ血はほとんどなかったらしい」


「らしいわね。 ……あ」


 首元を見終わり、次は指先を見ていたジュリが小さく声を上げた。

それに反応してか、一歩離れたところで見ていたジョンがジュリに近づく。


「どうした?」


「兄さん、ピンセットを取って」 


 ジョンがジュリにピンセットを渡すと、横から興味深そうに覗き込む。


「何があったんだ?」


「……これ、何かしら?」


 ジュリがピンセットで少年の右手中指の先から、やや黄みがかった液体をこそぎだした。

その液体は粘度が少しだけあり、ピンセットの先にへばりついていた。


「検視解剖をしたときには気がつかなかったな……。 で、何に見える?」


 ジュリは無言でその液体に顔を近づけると、その臭いを確認する。

液体はほんの僅かであったが、それでもジュリに取っては十分であった。


「……オリーブ、葡萄、そして蜜蝋が混ざった香りがするわね。あとアルコールの臭いもするわ。たぶん、オリーブ油、ワイン、蝋燭ね」


「良くそんな少量で分かるもんだな」


「まあ、俺もコイツの兄貴をしているけど、なんでこんなに鼻が良いのか分からないからなぁ。オリーブ油は洗礼の儀式、ワインはミサで配っている、蜜蝋はロウソクの素材。かつ目撃情報の”天使”と言えば……」


「”教会”ね。取りあえずしらみつぶしに行きましょうか」


 そう言うとジュリはゴム手袋をゴミ箱に投げ捨てて、ジョンに目配せをする。

ジョンは持っていたスマートフォンで早速、教会の住所を調べ始めた。


「色々ありがとね、合鴨先生」


「まあ、仕事だからな、構わんよ。 ……お前たちもあまり無茶をするんじゃないぞ?」


「保証は出来ないわ」


 そう言うとジュリは少しだけ笑い、解剖室からジョンとともに出て行ったのであった。

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