第12章-1 血濡れの守護天使
これまでの主要な登場人物
・奏矢ジュリ
大型チェーンソーを振り回し、怪異を狩り続ける。一家で怪異狩りの依頼を請け負っているが、休みの日が潰されることを非常に嫌がる。
都内の理系大学に通っており、専攻は応用生物学科。学年は2年で、20歳。髪型はショートで黒髪。碧眼であり、膝下ぐらいの長さのスカートを(怪異狩りのときも)好んで着用する。
冬はこたつでアイスを食べる派。
・奏矢ジョン
奏矢ジュリの兄で、怪異狩りのときには銃火器を好んで使用する。依頼の時には、妹とともに向かうことが多い。身長178センチで体重は89キロ。髪型はツーブロックで、妹とは違い黒目、黒髪である。怪異狩りのときには、軍用の分厚いジャケットを着込む。
現在年齢は25歳で、日々修行と食い扶持を稼ぐために家業に邁進している。
冬はこたつで冷凍ミカンを貪る。
・横溝 雅司
『第3章 ガンプと呼ばれた怪物』にて、事件に巻き込まれてジュリに救われる。大学2年生で、20歳。ジュリとは別の大学に通っており、オカルトは好きだが、無縁の生活を送っていた。
髪型はソフトモヒカンで、身長は172センチ、58キロ。臆病ではあるが、咄嗟の勇気と判断力はそれなりにある。
実家にこたつがないため、いまいちこたつの話に乗りきれない。
関連章 ・『第3章 ガンプと呼ばれた怪物』 ・『第4章 水にストーカーされる女』・『第5章 長いトンネル』・『第7章 天国地獄診断機』
・清水 明夫
警視庁捜査一課第三特殊捜査係、通称”SIT3”(special investigation team 3)に所属。47歳で妻子持ち。
奏矢兄妹に事件の依頼をすることで、協力体制を取っている。個人としては、奏矢兄妹とは、十年来の知人である。
関連章 ・『第2章 妖精博物館』・『第6章 異世界より』・『第8章 愚者のハーレム』・『第9章 祝福されし仔ら』・『第10章 人家』・『第12章 血濡れの守護天使』
・篠生 鈴
年商58兆円を誇る篠生財閥グループの会長の孫。年齢は27歳。表の顔は建設・電気会社のCEOを兼任している。一方で裏の顔は、「オルハ評議会」と呼ばれる穏健派怪異集団の評議員を勤める。
「第11章 オルハ評議会」にて、”祝福されし仔ら”からとあるものを守るために奏矢兄妹と接触した。
関連章 ・『第11章 オルハ評議会』
・祝福されし仔ら
怪異集団。ジュリとジョンの両親を殺した因縁がある。祝福されし仔らの証として、手を逆さにした形の紋章、そして紋章の下に読めない字が書かれている印章を持っている。
関連章・『第8章 愚者のハーレム』・『第9章 祝福されし仔ら』・『第10章 人家』・『第11章 オルハ評議会』
東京の郊外にある古ぼけた教会。屋根に取り付けられた十字架はすすけて汚れて、この教会が建てられてから長い年月が経っていることを窺わせる。時刻は深夜、普段ならば教会には誰もいないはずの時間である。
だがその古びた教会の中、薄暗い中1人の男が祭壇の前に跪い着いていた。その男の名はフランク・ヴァリン。フランクは黒いシャツに白い襟詰め、首からは大きな十字架を下げていた。見た目は、牧師といったところか。そして特徴的なのが、男の左手薬指にはめられた白金で出来た、天使の紋章が彫られた指輪。
男はなにやら小言でつぶやいていたが、突然立ち上がると指輪を外して床に置く。床には五芒星とが描かれ、それを取り囲むように蝋燭と杯が置かれていた。杯に中には、赤紫の液体が満たされており、微かに葡萄とアルコールの香りが辺りに漂う。
「我が主よ、私の罪をお許しください。神と精霊と父の名に於いて」
フランクは胸で十字を切ると、大きく深呼吸をして額に浮かび上がる汗を拭う。
そして教会内に響き渡る声で、詠唱を始めた。
「quo vadis domine? (主よ、どこへ生き給うのか?) in principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum. (始めに御言葉ありき。御言葉は神とともにあった。御言葉は神であった。) quid faciam? quo eam? (私は何をすれば良いのか? どこへ行けば良いのか?) 」
フランクが詠唱する度に、杯は揺れ、蝋燭の火は高く立ち上る。そして五芒星は輝き、指輪は激しく震え始める。
そして教会全体が軋み、突然窓が開いて風が教会内に吹き荒れる。だが、フランクは詠唱を止めることはない。
「superanda omnis fortuna ferendo est. (すべての運命は耐えることで克服されなければいけない。 ) sit difficile; experiar tamen. (それが耐えがたきであるとしても、私は進み続ける) tu fui, ego eris! (我は汝。汝は我!)」
ついには、杯の中の葡萄酒がこぼれて五芒星の中へと流れ込む。同時に勢いよく燃えさかった蝋燭から流れ出たロウも、五芒星の中心へと流れ出した。
窓は風により何度も強く打ち付けられ、カーテンは千切れんばかりにはためく。
「Servo nos defendat. In votis est, ut ambulabunt mecum!(我を救い、我を護れ。願わくば、我とともに歩まんことを!)」
フランクがその言葉を言い終えた瞬間、フランクは突如として白い世界に包まれた。
その白い世界の正体は、指輪より発せられた白い閃光。少しして、視界が回復したフランクが目にしたものは、五芒星の中にうずくまり、白い羽を持つ神々しい女。
その女は薄衣を纏い、うっすらと光り輝いていた。
「おおっ……、 おおっ……、 私の……天使……」
フランクは目から涙をこぼし、ゆっくりとその”天使”に近づく。
古びた教会の床が、フランクが歩く度に軋む。
「私の……愛しい……セラ」
そこまでフランクが言葉を紡いだ瞬間、その”天使”がぴくりと動き、上半身だけで起きてフランクを見つめる。その”天使”の目は深い碧色で、その瞳にフランクの姿を映し出す。
「ようやく……。 貴女を、指輪から……出すことが……」
だが、突然フランクに打ち据えるように風が吹く。
その風は、まるで嵐。ステンドガラスは割れ、長いすは軋み、木床の一部は剥がれて宙に舞う。そしてフランクは余りの風圧に耐えきれず、目を覆う。
だが、それも少しのこと。目を開けたフランクの前には、先ほどまで居た天使の姿はなかった。
「私の、愛しい、セラ……どこへ……?」
必死にフランクは辺りを見渡して、天使を探すが一切見当たらない。
フランクの目は血走り、教会を飛び出して外を駆ける。
「セラ、セラ! 私の、愛しい天使! どこへいったぁあああ!!?」
それからしばらく後、惨殺死体が相次いで発見される。ゴミ捨て場に打ち捨てられた、目と舌を抜かれて顔の皮を剥がされた子供の死体であった。




