色欲の悪魔 Ⅶ
相木七菜様の『赤ずきん連載スピンオフ・合作リレー作品』https://ncode.syosetu.com/n8594em/
に第6話があるので、先にお読みください。
ジュリは血と油で滑ったチェーンソーの刃を振り払い、灰色の廊下を赤と黒に染め上げる。エレベーターホールの前で、ジュリはひたすらにサキュバスを斬り続ける。
白い泡を吐き出しながら、サキュバスが次から次へと闇の中から吐き出されるように現れ続ける。ジュリが暗闇に目を凝らすと、閉店したはずのシャッターが半分ほど降りたキャバクラや天井の換気扇から、延々とサキュバスたちが這いずり出てきていた。
「まったく、次から次へとキリがないじゃない!」
7階建てのビルの6階の管理室にて、エレベーターの電源を復旧させたジュリはアリスたち3人と合流すべく、管理室を一歩出たところで蠢く気配を感じて臨戦体勢に入る。手元のチェーンソーのエンジンを一際大きく吹かすと廊下を駆け抜ける。
それと同時に、ジュリを追うようにして、暗闇の中から飛び出してくる数体のサキュバス。それをいなしながら歩を進めるジュリであったが、エレベーターホールの辺りでその歩みが止まる。
「こんなに”怪異”が居るなんて、聞いてないわよ……」
ジュリの足下には、首を無くしたサキュバスの死体が、4、5体転がっている。だが、仲間の死体を踏みつぶしながら、速度を落とさずに大量のサキュバスがジュリに向かって襲いかかる。
血の足跡が、廊下を埋め尽くす。ジュリもチェーンソーを振り、応戦するが多勢に無勢。ジュリは一歩また一歩、後ろに下がる。
そして、一歩下がる度に、己に近づいた者にはその脚を、爪を伸ばした者にはその腕を、牙を剥いた者にはその首を、チェーンソーのエンジンを唸らしながら斬り飛ばす。
「本当に、嫌になる……」
サキュバスたちは巨大な1つの壁の様に、ジュリを押しつぶそうと迫り来る。
一歩ずつ下がっていたジュリの背に冷たい壁がぶつかる。とうとう、ジュリはエレベーターホールの端に追いやられたのだ。
少しずつ下がることで存在した、サキュバスたちとの均衡が破れる。
ジュリは斬り飛ばし、蹴り上げ、この追い詰められた状況から抜け出そうとするが、サキュバスたちの圧力によって抜け出すことは出来なかった。
そしてついに、サキュバスの鋭い爪がジュリの鎖骨辺りに突き立てられ、肩から胸にかけて3本の紅い爪痕が走る。
「くっ……」
裂かれた胸から血が滴り落ち、着ていたシャツに紅が滲む。
そしてサキュバスは、次はジュリの顔に向かって突き立てようとその爪を伸ばす。サキュバスの爪先がジュリの目に触れようかとした瞬間、暗いエレベーターホールにチャイムが小さく響く。
そのチャイムはエレベーターの到着を告げる音。一拍置いて、鉄製のエレベーターの扉が豪快にぶち破られる。
鉄製の扉はまるでオモチャの様に跳ねながら、扉にぶつかったサキュバスたちを肉塊へと変えていく。
「アタシたちの見せ場ってわけ!」
エレベーターの扉をぶち破ったのは、釘バットを手に持ったアリス。そしてエレベーターから出ると、動きを止めてアリスを見つめるサキュバスの1体の前で足を止める。そしてそれが自然なことのように、その手に持った釘バットを大きく振りかぶると、サキュバスの顔面に向かって振り抜いた。
そしてサキュバスの顔面にはいくつもの釘の頭の形をした細かいへこみが刻まれ、赤と黒が混ざった液体が天井に潰れたトマトのようにへばりついた。
それが、闘いのゴング。
先ほどまでは、ジュリを狙っていたサキュバスたちが、今度はアリスに向かって叫び声を上げながら襲いかかる。
だが同時に、サキュバスたちの群れの後方に血の雨が降り注ぐ。後方に居た1匹のサキュバスの胸の辺りは裂けて、糸が切れた人形のように宙に舞いながら。折れた肋骨と潰れた肺の一部を床にまき散らして無造作に転がった。
そこにはモーニングスターを赤に染めたチェシャ猫が立っていた。そしてチェシャ猫は再度モーニングスターを構えると、別のサキュバスへとその殺意の塊をぶつけるのであった。
「ちょっと、遅いじゃない……」
ジュリはエレベーターから出てきたジョンに支えられながら、アリスに向かって文句を言う。
アリスは倒れたサキュバスの喉首から釘バットを引き抜くと、ジュリの方を一瞬だけ振り返る。
「間に合ったから、良いわけ! 怪我人のアンタは、そこでゆっくり休んでいれば良いわけ!」
「何ですって……?」
ジュリは自身の肩を支えていたジョンを突き放すと、チェーンソーのエンジンを吹かしながらアリスの横に躍り出る。
不運だったのは、ジュリとアリスに同時に狙われたサキュバス。ジュリが左肩から右脇腹に掛けて大きく袈裟切りにすると同時に、アリスの釘バットがサキュバスの首を芯で捕らえて、クリーンヒットする。
哀れなサキュバス。首は明後日の方へとへし曲がり、胴体は肩から脇腹に掛けて2つに切断されながら冷たい床へと転がる。
「ちょっと、何をするわけ!」
「私とアナタで勝負しない? ……どっちが、サキュバスを多く狩るか」
「そんなの賭けにならないわけ! 怪我人に負けるなんてないわけ!」
「なら、決まりね。 ……兄さん!」
「任せておけ!」
ジュリから声を掛けられたジョンは、懐から愛銃であるマグナムを引き抜くとサキュバスたちの眉間目掛けて発砲する。
乾いた音が1つ響く度に、サキュバスの眉間は砕けてズタ袋になり、脳漿と血を混ぜたモノを吐き出して床を汚す。
そこからはまさしく、血の饗宴が始まる。
アリスが釘バットを振り抜く度に、釘によって裂かれたサキュバスの肉片が壁に付着して不快な音を立てる。
チェシャ猫がモーニングスターを振る度に、その鋭い棘のついた先端がサキュバスの臓器をえぐり出し、天井に向かってオモチャの様にサキュバスが叩きつけられる。
ジュリがチェーンソーを振るう度に、サキュバスの腕や頭といった人体の一部が切断され、とどめに回転する刃で肉と臓器を削りとられて、床に転がる。
ジョンはそんな3人を見ながら、ひたすらにサキュバスに向かってマグナムの弾丸を吐き出し続ける。ジョンがサキュバスの腕や胸部に弾丸を着弾させる度に、まるで小規模の爆発が起こったかのように、筋肉と脂肪、そしてちょっぴりの骨片を伴って弾き飛んだ。
少しの間の後、アリス、ジュリ、チェシャ猫、ジョンの4人は、最後の1匹が床に倒れたのを見て、ようやく一息をつく。
まるで世界地図を広げたように足下へ血の海が広がり、肉片が大陸を模したが如く赤の海に浮かんでいた。
ジュリとアリスは背中合わせにそれぞれの武器を構えていたが、最後の1匹が倒れたのを見て構えを解く。
「ようやく終わったわね。私はサキュバスを13匹駆除したわ」
「じゃあ、アタシの勝ちなわけ! アタシは14匹なわけ!」
ジュリは一瞬だけムッとした顔をするが、アリスの足下に倒れていたサキュバスの頭を踏みつぶす。
サキュバスは頭を踏み砕かれて、頭部の残骸が床にこぼれる。
「これで、14匹目。 ……残念だけど、引き分けね?」
「何を言ってるわけ! ジュリが今殺したのは、元々死んでいたわけ!」
「あら、そう? 動いていたから、そっちが殺し損ねてたのだと思っていたわ」
アリスとジュリが火花を散らしている中、ジョンは呆れたようにタバコに火を点けて紫煙を吐き出すと、チェシャ猫が肉片と化したサキュバスの体を調べていることに気がついた。
ジョンは咥えタバコをしながら、アリスに歩み寄る。
「お互い相方には苦労するな……。 それで、今何をしているんだ?」
「……いつもの、こと……。 それで……今、サキュバスの統率者を……探してる……」
「統率者? 今転がっているのが全部じゃないのか?」
チェシャ猫は静かに首を振ると、ジョンに説明を始める。
普段ならサキュバスはこんなにも群れを為さないこと、群れに統制があったこと、そして普通ならば精を吸うだけのサキュバスが被害者をミイラになるまで吸い尽くしたこと。
そこから考えられるのは、統率者が居ることが考えられること。
チェシャ猫は小さく途切れ途切れだが、しかし力強く言葉を紡いだ。ジョンは大きくため息を吐くと、タバコを靴底でもみ消した。
「……事前に被害者の状態は伝えたはずだが、そいつの存在は分からなかったのか」
「……予想は、あった……。 だけど、こんなにも……群れを作ったなんて……記録にない……」
チェシャ猫とジョンが話し合っている最中に、突然に辺りの気配が変る。
その気配の変化に、アリスとジュリは火花を散らすのを止めて辺りを見渡す。
4人が同時にその気配の元、一層濃くなった廊下の暗闇へと目を向けるのであった。
相木七菜様の『赤ずきん連載スピンオフ・合作リレー作品』https://ncode.syosetu.com/n8594em/
に続きがあるので、次にお読みください。




