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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
番外編 色欲の悪魔
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色欲の悪魔 Ⅴ

相木七菜様のhttps://ncode.syosetu.com/n8594em/

に第4話があるので、先にお読みください。

4人が作戦会議を終えた次の夜。

東京の八王子市。繁華街から離れた寂れた雑居ビルの5階にある一室、鮮やかなネオンが煌々と光る「BAR 桜」はそこにあった。そのBARもとい、スナックから出てくるくたびれたサラリーマンが1人。

そのサラリーマンは中にいるホステスたちとママに手をひらひら手を振りながら、千鳥足で店を出る。


 そのサラリーマンはふらついた指先でエレベーターの呼び出しボタンを押すと、口笛を吹きながらエレベーターの階数表示灯を見つめる。

同時にそのサラリーマンの横に、するりとどこからともなく現れた金髪(ブロンド)女が立つ。


「中はどうだった、ジョン?」


「まあ、普通だったよ。 ……見た目は、な。ホステスたちも、気配が人間と変らないし、本当にここで合っているのか?」


 ジョンと呼ばれたサラリーマンは金髪(ブロンド)女、アリスに小声で答える。アリスはエレベーターの表示灯から視線を離さずに、ジョンの言葉に答える。


「アタシたちの情報が間違っているって言いたいわけ?」


「いや、ただの確認だ。で、この後は指定されたホテルに行って、サキュバスを待てば良いんだな?」


「そうね! ジョンが泊まるホテルにはこっちが手を回して他のお客さんは居ないから、安心できるってわけ!」


「釣りエサにでもなった気分だ……」


「さっきチェシャ猫に連絡したら、ジョンが泊まる部屋の隣にはもうチェシャ猫とジュリが待ってるって!」


「ああ、そりゃあ安心だ……。 に、してもこのビルに本当に客なんて来ているのか? このフロアに他のスナックなんて1軒も開いてないぞ」

 

 ジョンが辺りを見渡すと先ほどの「BAR 桜」以外の店は全てシャッターが降りて、『閉店しました』の紙が貼られていた。さらには耳を澄ましても、普通の雑居ビルであれば聞こえるであろう、他フロアの酔っ払いのカラオケや、騒ぎ声などが一切聞こえなかったのだ。まるでビル全体が、死んでいるようにも感じられた。

そんなことをアリスとジョンが話していると、エレベーターの到着音が響く。2人はエレベーターに乗るべく、同時に一歩踏み出した。アリスが背に掛けた楽器ケースの中で、ゴトリと重たい音が小さく響く。


「お客さーん、忘れ物よー!」


 エレベーターに半身ほど乗りだした状態で、後ろから声を掛けられたことでピタリと動きを止める2人。

その声の主は、先ほどまでジョンが入店していたスナックのホステスのようであり、ジョンが何かを店に忘れたので急いで届けに来たといった感じであった。


「ああ、すみませっ……!?」


 ジョンが謝りながら後ろを振り向くと、そこに立っていたのは先ほどのホステスでは無かった。声と服装が同じであったが、猛禽類を思わせる鋭い爪、皮膚は電灯に照らされて青紫にぬらぬらと濡れているのにも関わらず、丸めた紙の様にしわくちゃであった。

そしてその頭部はフクロウの様な見た目であり、頭部の4分の1ほどを占める目でジョンを覗き込んでいた。


「オキャクサァン……」


 言葉を吐くと同時に、大きく耳まで裂けた口から見える、疎らに並んだ黄ばんだ鋭い歯。

そこまで視認したアリスとジョンの2人であったが、真後ろに立っていた”ソイツ”に対して、反応が遅れてしまう。

そして”ソイツ”は、唾液をまき散らし、ジョンにのし掛かる形で食らいく。

 

 ジョンの右腕に”ソイツ”がかぶりつき、鮮血が床に、アリスの頬に飛び散る。刹那で反応したアリスが楽器ケースでその頭を殴りつけ、吹き飛ばす。

衝撃で、”ソイツ”がエレベーターホールに転がり、アリスとジョンは抱き合う形で、エレベーターの中へ転がり込んだ。


「早く扉を閉めろ!」


「分かってる!」


 アリスがエレベーターの『閉』を連打して、急いで扉を閉めようとする。だが、エレベーターの扉はすぐには閉まらない。

ゆっくりとエレベーターの扉が閉まる間に、エレベーターホールに転がった”ソイツ”はのそりと上半身を起こすと、奇妙な甲高い叫び声を上げながら、ジョンに向かって再度飛びかかる。


「こいつは俺の腕のお返しだっ!」


 ジョンが胸から拳銃を抜くと、ありったけの弾丸を”ソイツ”に向かって吐き出す。その弾丸は破裂音と火薬の臭いを伴って、”ソイツ”の眉間と左脚を貫いた。

エレベーターの扉の前で”ソイツ”は倒れ伏して、恨めしそうな目でアリスとジョンを睨めつきながら、そのままエレベーターの扉が閉まる。


「ジョン、大丈夫!?」


 アリスがエレベーターの壁を背にして座り込むジョンを気遣う。ジョンの怪我は右腕は関節から手首に掛けて大きく裂け、床に小さな血だまりを作るほどの出血をしていた。

だが、一方で表皮はやや乾燥したように、深いしわが何本も刻まれていた。そしてジョンの額には、痛みからか玉のような脂汗が浮かんでいた。


「なんとか、まだ生きてるよ……。で、あれは何だ? あいつら、男の精を吸うだけじゃないのか?」


「あれがサキュバス本来の姿なわけ。まさか今ここで直接来るなんて思わなかったけど。まさかジョンとアタシの気配でバレた?」


 ジョンがアリスの言葉に口を開こうとした瞬間、エレベーターが大きく揺れて止まり、明かりも消えて真っ暗になる。どうやら、エレベーターのブレーカーが落とされたらしく、アリスがどのボタンを押しても何も反応はない。

ジョンは無事な左手でタバコを胸ポケットから取り出すと、咥えてタバコに火を点ける。


「このまま、帰らせてくれないみたいだな……。 あのスナックには、まだホステスが6、7人居たはずだが」


「全員、サキュバスかもしれないわね」


「流石に分が悪いな……。この右腕じゃ、何体も相手は出来ないしな……」


「取りあえず、チェシャに連絡するわけ!」


 アリスは手持ちの携帯電話を取り出すと、相棒であるチェシャ猫に電話を掛ける。

1コールも経たないうちに、チェシャ猫が電話に出る。


『……アリス、どうかした……?』


「ジョンが、性悪夢魔(ビッチ)に噛まれてエレベーターに、籠城してるってわけ! しかも、サキュバスの団体さんってわけ!」


 そこでチェシャ猫は、アリスが置かれている状況を理解する。

そして、2人が置かれている危機的状況もまた、理解した。


『……わかった、10分でそっちに……いく……』


「出来るだけ急いで来てっ!」


 アリスが通話を切った同時に、エレベーターの天井から重い物が落ちた音が何回も響く。同時にエレベーターが僅かに揺れる。


「もう、サキュバスが来たってわけ!?」


「10分もここに籠城するのか…。 ジュリとチェシャ猫は間に合うか……?」


 アリスとジョンが、照明が切れて暗くなった天井を見つめる。

その天井からは、拳で打ち据える音が何度も鳴り響いていた。

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