色欲の悪魔 Ⅰ
今回は相木七菜様の『赤ずきんが真実を語ったのかどうか誰も知らない』<a href="https://ncode.syosetu.com/n2637ek/">赤ずきんが真実を語ったのかどうか本当は誰も知らない</a>
との合作になります。そちらを読んで頂けると、一層この章を楽しめます。『赤ずきんが真実を語ったのかどうか誰も知らない』は個人的にもおすすめの物語です。
ジョンは大きくため息を吐いて、こぢんまりとしたした商業ビルを一歩出る。ここは華の歌舞伎町の端。大通りから外れているためか、辺りは混沌としており、ポン引きが客を強引に店に引きずり込み、酔っ払いは喧嘩を至るところで始めている。
ジョンはいつものジーパンに白いシャツといったラフな格好では無く、紺のスーツに赤のネクタイ。そしていつものツーブロックの頭は、ワックスで整えられており、柄にもなく茶色のフレームの眼鏡を掛けている。
見た目は、ガタイの良いくたびれたサラリーマンのようであった。
「ここも外れだったか」
彼が出てきたビルには、いかがわしいネオンが煌めく。
そのネオンには大きく『キャバレー 百合』と照らされており、このビル全体がキャバクラやバーといった水商売関連の店であることが窺える。
音も無く路地裏から、1台の白のセダンがジョンの前に止まると、運転席からジョンに向かって女の声が響く。
「ご苦労様、兄さん。収穫はあった?」
運転席に座るのは、妹であるジュリ。
普段ならば、ジュリの方が情報収集といったこともこなすのだが、今回調査しているのは”水商売”の店。流石に女1人で入店することは出来ないため、今回は兄であるジョンが代わりに調査していたのであった。
「いや、駄目だった。次はどこだ?」
「次は、羽村市の小作の店ね……。聞いたことはない地名だけど、一応東京みたい」
「とりあえず、今夜は撤収するぞ。 ……流石に一晩で5軒の店を回るのはきつい」
ジョンが助手席に乗り込むと同時に、ジュリは車を発進させる。
セダンは繁華街の喧噪から離れて、暗く静かな道を走り続ける。
ジョンはネクタイを緩めると、胸からタバコを出してジッポで火を点ける。大きく肺に煙を吸い込むと、紫煙を吹き出してあくびをついた。
「キャバレーだとか、スナックとか、ああいう店は苦手なんだがなぁ」
「まあ、でも兄さんしか店に入れないから仕方ないでしょう?恨むなら、被害者と怪異を恨んでちょうだい」
「なんでこうなったんだけな……」
ジョンは酒でぼんやりとした頭で警察より受けた”依頼”について思い出していた。
事の起こりは3週間前に遡る――
埼玉の赤羽にあるマンションの一室。会社に無断欠勤した部下の様子を見に来た係長とマンションの大家により、通報を受けてその部屋に立ち入った警官が見た物は、密室でゴミの山でウジに囓られている半ばミイラ化している、ボクサーの様に腕をくの字に固めたまま横たわる全裸の男の死体。
男の死体は乾燥からか、肌はしなびて茶色くなり、まるで乾燥した大地のように皮膚は細かくひび割れていた。さらにはゴミの山から漏れている生ゴミの汁により、水気を受けた部分は腐り、所々黒い斑点が浮いていた。
男の名は飯田 直也、31歳で都内のIT会社に勤める、しがないサラリーマンであった。
密室で死亡していたということもあり、警察は当初ただの自殺または病死といった側面で見ていたが、司法解剖を行ったことで状況が変る。死因は急激に体内から水分が奪われたことで生じた臓器の多機能不全によるものであり、また解剖により判明した死亡推定時刻により、死亡してから発見されるまで2日しか経過していなかったのだ。
日本の真ん中、さらには夏場の湿度の高い環境で、”洗濯機に入れられた、脱水された後のシャツ”のような状態で死んでいたのである。死体を解剖した解剖医曰く『人間を生きたままフリーズドライしたとしか思えない』とまで言われる始末。
ここまでなら、ただの不審死で終わる事件であったが、この事件から一週間後に同様の事件が発生する。
今度は東京の南部である町田、その次は千葉の浦安と一週間おきに計3人が連続して不審死が発生したのだ。どの被害者たちは密室で死んでおり、また一様に飯田と同じ死に様であった。
流石の警察もただの”連続不審死”で終わらせることが出来ないため、捜査本部を立ち上げて本格的に捜査を開始したのであった。
だが直に捜査も行き詰まり、暗雲が立ち込める。まず、容疑者が出てこなかったのだ。死亡した3人には共通点は無く、住所、職場はバラバラ。
犯行は全て被害者たちの自室で行われたため目撃者も期待できず、近隣住民に聞いて回っても怪しい物音は無かったという証言しかなかったのだ。
次に警察は、被害者がどこかで”加工されて”部屋に運ばれたと考えたが、これも空振りに終わる。町田の被害者が死亡推定時刻の1時間前に、自室に帰るところがマンションのエントランスの監視カメラに記録されていたのだ。
そこから、被害者は監視カメラに記録されておらず、大荷物を運んだ怪しい人間も居なかったのだ。
4件目の被害者が出たところで、これまでの事件の異常性から警察は、”怪異専門の退治屋”奏矢ジュリとジョンの兄妹に事件の解決を依頼したのであった。依頼というよりは、厄介ごとを丸投げした形であったが。
被害者たちの共通点といえば、皆1人暮らしの男性であること、またキャバクラやバーといった”お水の店”が好きであったことであった。だが、被害者たちの通った店で被っているものはなかった。
そのため、被害者たちが訪れた店を一軒一軒ジョンが直接入店して、確認していたのであった。
――ジョンは灰皿に短くなったタバコをねじ込むと、また新たにタバコを咥えて火を点ける。
「あ~あ、今日までに何軒回ったんだ?」
「さっきので27件目ね。 ……っ!」
今まで軽快に車を走らせていたジュリは横道から突然飛び出してきた人影に驚いて急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。
車は大きなブレーキ音を立てて、その人影に前でなんとか止まる。ヘッドランプに照らされた人影は2人の少女であった。1人は金髪に短いスカートと白いニーハイソックス、もう1人は対照的に赤毛で黒のゴシックファッションであった。
「……ごめん……なさい……」
ゴシック少女の方が途切れ途切れに謝ると、2人の少女は路地の細道へと消える。
「ちょっと……!」
ジュリが2人に文句を言おうと運転席から降りたとき、辺りには微かにだが鉄さびの臭いが流れていた。
ただジュリにとって普段なら嗅ぎ慣れたその臭いも、今回はどこか違和感を感じる。鉄さびの匂いに混じって言い様のない鼻につく不快な臭いがあったのだ。
そして臭いの元は、2人の少女が消えた路地から流れていた。
「変な臭い……」
眉をひそめながら、ジュリはその違和感を確かめるためにその2人の少女を追って路地へと消えたのであった。
相木七菜様の<a href="https://ncode.syosetu.com/n2637ek/">赤ずきんが真実を語ったのかどうか本当は誰も知らない</a>
に第二話があります!
第二話はこちらhttps://ncode.syosetu.com/n8594em/1/




