第10章-4 人家(じんか)
ジュリとジョンは灯籠に照らされた廊下を、警戒しながら進んでいく。
時々、不気味な家鳴りが屋敷中に響き渡る。その度に、ジュリは気配を探るが、変化はない。
そうして何事もなく、2人は延々と続く廊下を歩く。
変らない木製の廊下、白い壁、綺麗な装飾がされた天井、等間隔で置かれた灯籠、それらが延々と続いていた。
「なあ、ジュリ」
「なに、兄さん?」
「俺たち、どのくらい歩いたんだ?」
ジョンは正面をまっすぐ見据えたまま、背後を守るジュリに疑問を投げかける。
「1時間はこの廊下を歩いているから、8キロは歩いているんじゃないかしら」
「そこそこ歩いたな。……なあ、あとどれくらいでこの屋敷の端に着くと思う?」
「さあ? ……あら?」
ジュリは廊下の奥、まだ小さく見えているだけであったが、廊下が終わりを迎えているのが見えた。
「あれは……ふすまになっているのかしら」
遠くに見え、ぼんやりとしか分からなかったふすまが、近づくにつれて良く見えるようになる。
それは、龍と虎が向かい合っている、金の装飾が為されたふすま。
「ようやく廊下以外のものがあったな。 ……しかし、ひどい臭いだ」
ジョンはそのふすまの前に立つと、思わず顔をしかめた。
ふすまの隙間からは、血と腐臭、そしてなんとも言えない酸味を伴った臭いが漏れ出していた。
「よし、開けるぞ」
ジョンは力を込めて、ふすまを開ける。その瞬間、鼻腔を突き刺す、強い吐き気を催す臭気。そして眼前に広がる溶解し掛かった死体群。
一歩、部屋の中に入ったジョンのつま先に、何かが当たる。ジョンは足下に転がる、つま先に当たったものを見た。
「これは、チェーンソーか?」
外装は腐食し、刃には赤茶けた錆が浮いていたが、紛れもなくそれはチェーンソーの形をしていた。
それを兄の後ろから覗き込むジュリ。
「たぶん、これはナオミのチェーンソーね。」
「じゃあ、このチェーンソーの横で転がっている死体は」
「ナオミね」
ジュリは足下のナオミの死体から目を離すと、部屋を良く観察するために部屋の奥に入る。
ジュリが部屋を見渡しながら観察する。広さは20畳ほどの部屋であり、今までの綺麗な廊下とは対照的に、壁や畳、天井はミミズが這ったかのような赤黒い跡が、何層にも重なって奇妙な文様を描いていた。
そして部屋の中央に転がる、異様に溶解した、オブジェのように重なった死体群。
ジュリは死体群を調べるため部屋の中央へと足を進める。
ジョンもジュリの後に続き、部屋の中央へと移動する。
2人が部屋の中央に移動した、その瞬間、ふすまが音もなく閉まり、部屋が微かに振動し始める。
「閉じ込められたみたいね」
「ああ。……マズいな」
ジュリとジョンは、閉じたふすまを調べようと、入り口へと戻ろうとしたが、何か先ほどと違う印象を2人は受ける。
「なあ、ジュリ。気がついたか?」
「ええ。ナオミの死体が無くなっているわね」
先ほどまで、入り口近くに転がっていたナオミの死体が、見えなくなっていたのだ。そして、同様に足下に転がっていたチェーンソーも無くなっていた。
そしてジュリはもう1つのことに気がついた。ジュリが右手にはめた、漆黒のドレスグローブが溶け始めていることに。
「ねえ、兄さん。あまり時間はないみたいよ?」
「とにかく、この部屋から急いで出るぞ!」
ジュリとジョンが入り口に向けて駆け出した瞬間、
ジュリの上にチェーンソーを持ち、白骨化したナオミが天井から振ってきたのだった。