第7章-3 天国地獄診断機
雅司が診断機を購入してから数日が経ったある日、真夏だというのに、肌寒く感じる小雨が降りしきっていた。
その中を、傘を差さずに歩く男が1人。
雅司は診断機を持ち、街を彷徨っていた。
雅司の目はうつろだが、しかし診断機を持つ手は力が籠もり、指は細かく震えていた。
繁華街の道路を行きかう人たちに向けて、診断機を向け続ける。
彼の姿は異様。
歩く人々は雅司を避けていく。彼1人だけが、日常に溶け込まない異物となっていた。
雅司の体は何時間も雨に打たれて、髪から水がしたたり落ちる。雅司はそんな状態にも関わらず、診断機を周囲にかざし続けていた。
「ジゴク! ジゴク! ジゴク!」
診断機が反応する。それは、スーツを着たOLに反応していた。
雅司の目が、妖しく光る。
雅司は診断機が反応した、OLの後ろを着いていくのであった。
OLは後ろを歩く雅司に気が付かない。
OLはそのまま、繁華街を抜けて、地下鉄へと入っていく。
当然、雅司も続いて地下鉄へと入っていく。
ホームに着いたOLはどこか不安げにしながらも、キョロキョロと辺りを見渡した。
雅司はホームの柱に隠れて、OLをじっと見つめる。雅司の頬を雨水がしたたり落ちて、彼の足元に水たまりを作った。
『電車が参ります。白線の内側まで、お下がりください』
アナウンスがホームに響き渡った。快速急行の電車が、ホームに侵入してくる。
OLは少しうつむいて、顔を数回だけ振る。彼女の頬に一筋の涙が流れるが、吹っ切れたのか何かを決心したかのような顔つきになった。
雅司の目が大きく開かれ、その視線はOLの一挙手一投足に注がれる。
「ジゴク! ジゴク! ジゴク!」
「地獄……地獄……地獄…」
診断機に合わせて、雅司も声を上げる。彼の顔は醜く歪んでいく。
OLは意を決したのか、ホームを走って、線路へと向かう。
周りの乗客もOLの異様な雰囲気に気が付いたのか、制止しようとしたが、間に合わない。
「ジゴク! ジゴク! ジゴク!」
「地獄! 地獄! 地獄!」
OLは、快速電車に飛び込んだ。
悲鳴がこだまする。ホームにはOLの血が飛び散り、乗客たちの頭へ肉片とともに降り注いだ。
ある乗客は、吐しゃ物をまき散らし、ある乗客は錯乱し、出口へと駆けた。
雅司の前に、OLの頭が転がってくる。
舌をだらりと垂らし、髪が乱れた生首。それが、焦点は合わなくとも、雅司をじっと見つめていた。
「……地獄」
ぼそりと雅司はつぶやくと、改札口から外へと消えたのだった。
*
――奏矢ジュリはベッドに寝ころびながら、携帯を見つめていた。
「……変だわ」
ジュリは独り言をつぶやいた。独り言の理由は、毎日意味もなく来る雅司のメールがここ1週間、途切れていたからだった。
「かと言って、こっちから連絡するのもなんだかね……」
ジュリはいつもは煙たがっていたメールがいざ来なくなると、なんとも言えない気分になっていた。
「まあ、明日も連絡が来なかったら、こっちから連絡しようかしら……ん?」
突然、ジュリの携帯から軽快な音楽が流れ始めた。
通知欄には、田中 篤と表示されていた。
「はい。もしもし」
「もしもし! 奏矢さんですか!?」
ジュリは聞きなれない声に、頭の中で名前と顔を一致させようとしたが、その名前も、声も、誰かということを思い出せなかった。
「えぇと、ごめんなさい。どちら様?」
「この前のガンプに襲われた事件で、一緒に居たじゃないですか!」
「ああ。思い出したわ。雅司君と一緒に居た人ね。どうしたの、突然?」
ジュリはここでようやく、田中 篤の顔を思い出した。彼は『ガンプと呼ばれた怪物』事件で、雅司の友人として一緒に行動していたのだった。
「実は……雅司がおかしくなって……大学には来ないし、家にも帰ってきていないみたいなんです」
「……どういうことか、詳しく説明してくれる?」
ジュリはベッドから飛び起きると、壁に掛かっているチェーンソーに手を伸ばし、右手には漆黒のドレスグローブをはめたのであった。




