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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
長いトンネル
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第5章-3 長いトンネル

蛇行する軽自動車の横、それに合わせてスポーツカーを運転するジョンはジュリに向けて叫ぶ。


「こいつはちょっとマズいな」


割れた窓から車内に侵入した黒ナメクジ女は助手席に座っていた母親に、正面から抱きつく形で襲っていた。

母親は手で押し返そうとするが、全く意味をなさなかった。

母親の悲痛な叫び声が、トンネルを走る。母親の体に黒い粘液が塗りたくられたかと思うと、皮膚が融解し始める。

床に皮膚と粘液がこぼれ落ち、赤黒い筋繊維が顔を覗かせる。


「あ”あ”あ”っ」


母親は痛みにより体をよじり、その度に黒い粘液が車内に飛び散る。

粘液は車内の天井、窓、フロントガラス、そして運転席に座る父親に飛沫が跳ねる。


「う”っうぅ”」


父親の左頬に粘液が付着した瞬間、頬の皮膚が融解し始める。跳ねたのはたった数滴だというのに、頬の肉まで浸食した黒い粘液により、ヤニで汚れた歯と黒い歯茎が露出した。



 冷静さを失った父親は、めちゃくちゃにハンドルを回す。激しく揺れる車内の中で、先ほどまで母親の膝の上に居た黒ナメクジ女は父親に手を伸ばし始めていた。


「ジュリ! 今だ!」


ジョンは軽自動車にギリギリまで幅を寄せる。ジュリたちの乗るスポーツカーも、軽自動車の動きに合わせて蛇行運転になり激しく揺れる。しかし激しい揺れの中でも、ジュリは微動だにせず、後部座席に居る少女に右手を伸ばし続けていた。

ジュリは少女の目を見据えて、言う。


「死にたくなければ、早く来なさい」


後部座席に居た少女は、ジュリに向けて右手を伸ばした。


 今まで宙を掴んでいた少女の手が、ジュリの手に触れる。次の瞬間、ジュリは少女の手を強く握り返すと、後部座席から引きずり出す。


突然、運転席から黒い手が伸びてくる。ジュリは少女に右手を差し伸べていたときから、少女をその手で掴むするまで、黒ナメクジ女を常に視界に入れていた。

しかし、黒ナメクジ女は助手席にいたままであった。ジュリは軽自動車内のバックミラーを見て気がつく。

黒ナメクジ女はその黒い腕を助手席から運転席の窓まで伸ばしていたのだと。


 少女の体が、空中に浮く。一瞬、空中に浮いた少女の恐怖に満ちた瞳と、ジュリの瞳が同じ目線でぶつかる。

伸びてきた手が、空中にいる少女を逃すまいと蛇のように細く掴みかかってくる。


 ジュリは黒い手の前に、少女をかばう形で自身の右手を出した。

黒い手は、ジュリの右手首を掴む。


黒い粘液が付着した途端、ジュリの皮膚が見る間に溶解し始めた。

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