22-12
ジュリはチェーンソーを部屋の真ん中で膝を着いて泣いている真っ黒に腐りきった女の首筋目掛けてチェーンソーを振り下ろす。
女の真っ黒なうなじに白銀の刃がめり込むと、そのまま首を両断する。フローリングの床へと落下した女の頭は熟れたトマトのように床に真っ黒な体液をまき散らしながら転がり、残された身体の方は頭を追うように横に倒れる。そしてトドメと言わんばかりにジュリは女の頭を踏みつぶした。
「……これだけ?」
ジュリはチェーンソーを構えながら、部屋の中を見渡す。
この女が怪異の原因の1つなら、何かしらの変化があってもおかしくないはず。だがあっさりと退治できた腐った母親の死体以外には3階で見た狭い1Kの間取りと変らない部屋があるばかりであった。
「……おかしいわね。何もない、なんて」
ジュリは部屋の中を探索するが、奥の部屋に置いてあった使い込まれたタンス、破れた障子の押し入れ、日焼けして黄ばんだ冷蔵庫の中、何かないかと漁るが全くの徒労に終わる。冷蔵庫に『微かに蠢くピンクの肉塊』ぐらいはあったものの、この不思議な団地から脱出できるようなヒントやあるいはこの原因となるようなものはなかった。
一方でジョンはしゃがんで死体を胸から出したサバイバルナイフを使って漁っていた。だが、特に何も見つからなかった様で、ため息を吐いて立ち上がると頭を掻いてジュリに近寄る。
「何かあったか?」
「……いえ」
まったく現状を打破できるものがなく、イラついたようにジュリは舌打ちをする。
ジョンは突然ジュリの頭をわしづかみにすると、ガシガシと力強く撫でる。突然のジョンの行動にジュリは驚いて、兄の手を振り払う。
「ちょっと! 何するの、兄さん」
「いや、何だかイラついてるように見えたからな。落ち着いただろ?」
「びっくりしただけだわ……。ここには何もなさそうだし、上の階を探ってみない?」
「落ち着かなかったか……。ん、そうだな。行ってみるか。おい、ちゃんと着いてこいよ」
「は、はいぃぃ……!」
ジョンは部屋の隅で固まっている須藤へ声を掛けると、外の様子を窺う。
扉を開けてまずは左を見る。ぽっかりと口を開けたエレベーターがあるのみ。次に右を見る。無機質なコンクリ製の廊下と劣化した階段があるのみ。怪異の気配は感じられなかった。
「よし、1階ひと部屋ずつずつ調べてみるか。早く行こう」
ジョンは部屋を出ると、隣の部屋を調べるべく隣の部屋のドアノブを捻る。
その部屋は鍵が閉まっているのか、あるいは立て付けが異常に悪いのか開くことはない。流れるように次の部屋も調べようとドアノブを捻るが開くことはない。
「あー。開かねぇな」
「取りあえず、開くところを優先的に調べましょうか」
そうしてジュリとジョンはひと部屋ずつしらみつぶしに調べ始める。
だが大半の部屋は開かなかったり、開いたとしても中はただの空室ばかりで解決の手立てになるようなものはなかった。そして5階の全ての部屋を調べ終えると、次は6階へ進む。6階もまた今までの階と同じく、古ぼけたコンクリート製の廊下に錆びかけた玄関扉、ぽっかりと口を開けたエレベーター。同じような光景。そしてひと部屋ずつ調べた結果も大半の部屋は開かないか、あるいは空室であった。同じような流れで7階、8階、9階も見て回るが、結果は同じであった。古ぼけたコンクリート製の廊下に錆びかけた玄関扉、ぽっかりと口を開けたエレベーターが並ぶばかり。
「……無駄足ね。下に降りましょうか」
ジュリはため息を吐いて階段を降りようとした時、ふとあることに気がつく。
全てのフロアが同じ光景。ぽっかりと口を開けたエレベーターが並ぶばかり。先ほど覚えた違和感の正体に気がつくと、後ろで無理矢理扉をこじ開けようとするジョンに声を掛ける。
「ねぇ、兄さん。おかしいと思わない?」
「んっ? 何が?」
「どうして、どの階にもエレベーターが来ているのかしら」
「ああ、確かに。 ……おぉっと?」
ジュリとジョンはエレベーターの方を見ていた。
そして先ほどまで開かなかった901号の扉がゆっくりと開くのも見えていた。ジュリとジョンは身構え、須藤は廊下の端に逃げ出す。そして全開となった扉から黒い煙が廊下にゆっくりとあふれ出すのであった。




