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扉、否。”扉があった跡に立つジョンと巌を押しのけながらジュリは事務所へと足を踏み入れる。
そして辺りの臭いを猟犬のように嗅ぎ分けながら、机の上や壁に並んだ棚をがさごそと荒らし回る。そしてきっちりとファイルの入った書類棚を乱暴に引き抜くと、空となったその場所に身体ごとジュリは入って壁を数回拳で叩く。
ベコンッ! ベコンッ!
静かだった事務所内に薄い金属を叩く音が響く。”固い壁”を叩いたにも関わらず。
あり得ない音が室内へと響き、ジュリの動向を見ていた巌は背後から薄暗いその壁を覗き込む。
「べこんっ、だなんて変な音がする壁ねぇん?」
「ここ、ダストシュートになってるみたい。ほら、ここに取っ手もついてるわ」
ジュリは取っ手を掴むとゆっくりとそのダストシュートを開く。
その瞬間、部屋にいた全員の鼻に突き刺さる生臭さ。汚い川のヘドロと魚の内臓を合わせたような激臭が開かれたダストシュートから漏れ出し始める。その臭いに鼻を押さえながら後ろに居た巌とジョンはその開かれたダストシュートの暗闇を覗き込む。一番最後尾にいた結衣もまた鼻を押さえながらおずおずとその暗闇を覗きこむ。
「すごい臭いですね……」
「前に仕事で入った下水道の臭いよりも酷いわ、これ。ジュリ、奥に何か見えるか?」
「んー、これ。かなり深いみたいね。ねぇ、兄さん。そこにある適当なファイルを取って貰えないかしら」
ジュリに促され、ジョンは棚に収まっていた青いファイル、背表紙には『接客マニュアル』と大きく記載されていた。
それをジョンはジュリに手渡すと、ファイルを受け取ったジュリはそのままダストシュートへと放り込む。
バチャンッ! ……ザバァン!
ファイルを落として数秒後、大きな水音が1つ。
それに続いて大きな水音が続く。水音は2回、落とした物は1個。
「……下に何かいるみたいね」
「落ちた秒数から見て、だいぶ下っぽいな。地下でもあるのか?」
「でも、そんな表示はありませんでしたよ?」
「従業員しか入れないような、点検用の場所とかの可能性もあるわねぇ」
「最悪、ここからロープでも使えば降りられそうだけど」
「アタシとジョンちゃんは通れなそうだし、それに危ないわよぉ。よく見たらそこ、なんか皮膚みたいなのも付いてるし」
巌はダストシュートの端を指さす。
そこには薄い肌色をした小さな布きれに似たものが、ひらひらと揺れていた。
「そうね。確かにここから降りたら碌な目には遭わなさそうだわ」
ジュリはそう呟くと、棚の間から身を起こす。そして愛用のチェーンソーを担ぐと、すたすたと部屋の外に出て行ってしまう。その背を結衣、そしてジョンと巌も続く。
4人はそのままスナックから出ると、血の海となった廊下を突っ切って階段で地下を目指すのであった。




