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電気は復旧しており、廊下の闇がやや晴れる。LED電灯が薄暗くなった理由は、夢魔たちの血肉が天井の電灯がへばり付いて空調の風でひっついた肉片が揺れていた。
天井だけではない。壁、廊下、スナックのドア。至る所に血肉がへばり付き、それと同じくらい細かな切り傷や弾痕、穴、えぐれなどがいくつも見られた。夢魔との激しい闘い跡が残る廊下を4人は転がる夢魔たちの死骸を蹴り飛ばしながら奥へと進む。
「ここが一番水を使ってる場所だな。『スナック Succubus』ね、ひねりも何もねぇな」
「兄さんのネーミングセンスよりかはマシじゃないかしら」
「じゃれ合いするのもそのぐらいして欲しいわ。このお店の消費水量は異常なのよ。電気なら前に大麻を栽培しているところは温度管理や日照管理で電力をすごく使うから、そこから警察にバレるって話は聞いたことがあるけど。怪異が”大麻栽培”なんてやらないでしょうしねぇん。ましてや水なんてそこまで使う理由はないし」
巌は背後で軽口を叩く兄妹を窘めつつ、バーの扉に手を掛ける。
取っ手やドアの曇りガラスに血や肉片がこびりついていたが、何の抵抗もなくするりと扉は押されて開く。顔だけ店内に突きだしてキョロキョロと巌は店内を見渡すが、そこはなんの変哲もない空間が広がるのみであった。酒の並んだ棚にカウンター、いくつかの小さなガラス机にふかふかの長ソファー。ソファーに寄り添うようにして置かれた小さな背に低いイス。騒ぎが起こるまでは通常通りに営業していたのであろう。ガラス机の上には飲みかけのグラスが並んでいた。
「んー普通のスナックみたい……床に転がってるおじさまたちを除けば、ねぇん」
赤いカーペットが赤黒く染まり、ガラス机の下には血塗れの中年男性が数人転がっていた。一歩店内へと入ると、靴底が赤く濡れて足下がずるりと滑りそうになる。
それを堪えながらもゆっくりと辺りを警戒しながら4人は店内へと侵入する。
「まあ、正体を見られたら殺すわな。ところで、見た感じ普通のスナックぽいが、どこであんな水量なんて使ってやがるんだ? 5トン以上の使用量だぞ?」
「”普通っぽい”スナックってところが少し気になるけどね、兄さん。 ……何回も行っているのかしら?」
ギロりとジュリは兄へと視線を向ける。
ジョンの方はというとしまったという表情を浮かべながら、ジュリに視線を合わせないように斜めを見ながら適当に頭を掻く。そして口元に拳を当ててわざとらしく咳き込むと店の奥へと視線を向ける。
「ま、まあ、とりあえず店を探索しようや。あそこの奥の扉が怪しくないか?」
わざとらしい声色で指さす先にはこれまた真っ赤な扉。
カウンター脇の従業員専用と思われるその扉には金属のプレートで『private』と小さく刻まれており、その他にはめぼしい場所はなかった。
「そうですね。ここ以外に変な場所はありませんし」
結衣がそのドアノブを捻るとあっさりと軽い音を立てながら扉が開く。
扉の先には銀色に統一された世界が広がっていた。
「すごい綺麗な厨房だわねぇん。まるで何かを隠したいみたいに」
巌は結衣を押しのけて厨房内へと入る。黒ずみ1つなくぴかぴかに磨き抜かれたシンク、吊り下げられた眩く煌めくボウル、ボウルの横に泡立て器。いずれも天井からの明かりを受けて眩く光り輝いていた。
そしてそれらを眺めながら、巌はキッチンの戸棚の1つを開く。そしてそこから大人の二の腕ほどの大きさのある肉切り包丁を取り出す。
「ねぇ、3人とも。これ、見てくれるかしら。柄の辺りのこの黒ずみ。これって血の跡なんじゃ?」
巌はその包丁をひらひらと見せつけるようにシンクの上に置く。
そして他にも棚の中のめぼしいものを漁り始める。
「これもー、これもー。え、このアイスピックの柄にも黒ずみが付いてるわ~。一体、ここで何があったのかしらん?」
「そうね、臭いを塩素でだいぶ誤魔化しているけど。これ、全部血の臭いがするわ」
ジュリはシンクに並べられた包丁やアイスピック、栓抜きに至るまで嗅覚で確認する。
そしてふと、一番奥の扉を指さす。
「あそこの扉、どこに繋がっているのかしらね?」
「……見に行きます」
結衣はつかつかとその扉に向かうと、ドアノブを思い切り捻るのだった。




