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怪異に乙女とチェーンソー  作者: 重弘 茉莉
饗宴と肉欲と
207/229

21-7

 ジュリと結衣は追い詰められていた。



 闇の中からまるで無限に湧くように夢魔たちがあふれ出てきていたのだ。

切っても切ってもキリがない。2人はお互いをかばい合うようにしていたが、ゆっくりと、またゆっくりと廊下の奥まで進まされていた。2人が居るのは狭い廊下の中で比較的開かれたエレベーターホール前。



ジュリは血と油で(ぬめ)ったチェーンソーの刃を振り払い、灰色の廊下を赤と黒に染め上げる。エレベーターホールの前で、ジュリはひたすらに夢魔を斬り続ける。一方で結衣もまた日本刀――短刀よりもやや長い程度のものだが、次々と現れる夢魔を切り伏せていた。

白い泡を吐き出しながら、夢魔が次から次へと闇の中から吐き出されるように現れ続ける。ジュリが暗闇に目を凝らすと、キャバクラや天井の換気扇から延々とサキュバスたちが這いずり出てきていた。



「まったく、次から次へとキリがないじゃない!」



「こんなん、どーしろってっ!?」

 



「こんなに”夢魔”が居るなんて、聞いてないわよ……」


 ジュリの足下には、首を無くした夢魔の死体が、4、5体転がっている。だが、仲間の死体を踏みつぶしながら、速度を落とさずに大量のサキュバスがジュリに向かって襲いかかる。

血の足跡が、廊下を埋め尽くす。ジュリもチェーンソーを振り、応戦するが多勢に無勢。ジュリは一歩また一歩、後ろに下がる。

そして、一歩下がる度に、己に近づいた者にはその脚を、爪を伸ばした者にはその腕を、牙を剥いた者にはその首を、チェーンソーのエンジンを唸らせながら斬り飛ばす。



「本当に、嫌になる……」




 夢魔たちは巨大な1つの壁の様に、ジュリを押しつぶそうと迫り来る。

一歩ずつ下がっていたジュリの背に冷たい壁がぶつかる。とうとう、ジュリはエレベーターホールの端に追いやられたのだ。

 

 少しずつ下がることで存在した、夢魔たちとの均衡が破れる。

ジュリは斬り飛ばし、蹴り上げ、この追い詰められた状況から抜け出そうとするが、夢魔たちの圧力によって抜け出すことは出来なかった。

そしてついに、サキュバスの鋭い爪がジュリの鎖骨辺りに突き立てられ、肩から胸にかけて3本の紅い爪痕が走る。




「くっ……」



 裂かれた胸から血が滴り落ち、着ていたシャツに紅が滲む。

そして夢魔は、次はジュリの顔に向かって突き立てようとその爪を伸ばす。夢魔の爪先がジュリの目に触れようかとした瞬間、



「ジュリさん!」



 結衣が目の前に居る夢魔の胸から日本刀を引き抜いてジュリの援護をしようと動こうとするが、さらに排気口から夢魔が降ってくる。

切っても切っても、まるで数が減らない。そのため結衣は目の前で襲われているジュリに対して助けに行こうとしても動けないで居た。



暗いエレベーターホールにチャイムが小さく響く。


 そのチャイムはエレベーターの到着を告げる音。一拍置いて、鉄製のエレベーターの扉が豪快にぶち破られる。

鉄製の扉はまるでオモチャの様に跳ねながら、扉にぶつかった夢魔たちを肉塊へと変えていく。



「!」


 エレベーターの扉をぶち破ったのは、メリケンサックをつけた巌。そしてエレベーターから出ると、動きを止めて巌を見つめる夢魔の1体の前で足を止める。そしてそれが自然なことのように、そのメリケンサックをつけた右の拳を大きく振りかぶると、サキュバスの顔面に向かって振り抜いた。

まるでトラックにぶつかったような衝撃と水風船を破裂させたような音がホールの中に響き渡る。夢魔の顔面にはこぶし大のへこみが刻まれ、赤と黒が混ざった液体が天井に潰れたトマトのようにへばりついた。



 それが、闘いのゴング。

先ほどまでは、ジュリを狙っていた夢魔たちが、今度は巌に向かって叫び声を上げながら襲いかかる。

だが同時に、夢魔たちの群れの後方に血の雨が降り注ぐ。後方に居た1匹の夢魔の胸の辺りは裂けて、糸が切れた人形のように宙に舞いながら。折れた肋骨と潰れた肺の一部を床にまき散らして無造作に転がった。

 そこにはタバコを吹かしながらジョンがマグナムを右手に持ちながら立っていた。そしてジョンはマグナムを構えると、別の夢魔へとその殺意の塊をぶつけるのであった。



「ちょっと、兄さん。遅いじゃない……」


 ジュリはエレベーターから出てきた巌に支えられながら、ジョンに向かって文句を言う。

ジョンは倒れた夢魔を邪魔そうに蹴り飛ばすと、ジュリの方を一瞬だけ振り返る。



「悪いな。ちょっと気になることがあってな」



「何ですって……?」



 ジュリから声を掛けられたジョンは、マグナムを夢魔たちの眉間目掛けて発砲する。

乾いた音が1つ響く度に、夢魔の眉間は砕けてズタ袋になり脳漿と血を混ぜたモノを吐き出して床を汚す。


 そこからはまさしく、血の饗宴が始まる。


 巌が右の拳を振り抜く度に、メリケンサックによって裂かれた夢魔の肉片が壁に付着して不快な音を立てる。

結衣が日本刀を振る度に、その濡れた切っ先が夢魔の臓器をえぐり出し、天井に向かってオモチャの様にサキュバスが叩きつけられる。


 ジュリがチェーンソーを振るう度に、夢魔の腕や頭といった人体の一部が切断され、とどめに回転する刃で肉と臓器を削りとられて、床に転がる。

ジョンはそんな3人を見ながら、ひたすらに夢魔に向かってマグナムの弾丸を吐き出し続ける。ジョンが夢魔の腕や胸部に弾丸を着弾させる度に、まるで小規模の爆発が起こったかのように、筋肉と脂肪、そしてちょっぴりの骨片を伴って弾き飛んだ。


少しの間の後、巌、ジュリ、結衣、ジョンの4人は、最後の1匹が床に倒れたのを見て、ようやく一息をつく。

まるで世界地図を広げたように足下へ血の海が広がり、肉片が大陸を模したが如く赤の海に浮かんでいた。

 4人は背中合わせにそれぞれの武器を構えていたが、最後の1匹が倒れたのを見て構えを解く。



「あーあ、やっと終わったわねぇん。あ、ジョンちゃん、あたしにも1本タバコ分けてくれないかしらぁん」



「巌さん、うちいつも言ってるやん。タバコは身体に悪いから止めた方がええって」



「んもぅ。そんな固いこと言わないでくれるかしらぁん?」



「ああ、はい。どうぞ」



 ジョンは胸からタバコを取り出すと、巌に差し出す。

巌は己の背中をぽこぽことどつく結衣を無視して、タバコを受け取ると火を点けて紫煙を吐き出す。



「ようやく終わったわね。それで兄さん。気になることって?」



「”水”がな、少ないのよ。気になって保守室で調べてたらこのフロアの一番奥の部屋で凄まじい量の水を使い続けてた。つまり、何かがあるってことだな」



「確かにそれは気になるわね。さっさと確認しに行きますか」

 


 4人は一層濃くなった廊下の暗闇へと目を向けるのであった。

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