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スプリンクラーから勢いよく水が噴き出し続け、コンクリートの床を冷たく塗らす。
その上を水飛沫を立てながら4人は臭いを追うジュリを先頭にして駆け上がっていく。階段を駆け上がっている途中でスプリンクラーが突然止まったことに巌が気がついて声を上げる。
「あらぁん? 急に水が止まったわねぇん?」
「ああ、スプリンクラーが作動してまだ何分も経ってないぞ? 中にいる客たちが入り口から逃げていくのを見てから動いたとは言え、妙だな」
ジュリと結衣を先頭にして、その後ろにいたジョンと巌は頭を捻る。
通常、このような雑居ビルに設置されるのは貯水槽を利用したタイプであり、基本的には貯水槽の水が完全になくなるまでは放水し続けるのだ。しかもこのクラスの中程度の雑居ビルに設置された物ですら優に1トン以上はあるはずであった。それがすぐになくなってしまったことに2人は疑問を持ったのだ。
「ここから臭いがするわ」
ジュリはちょうど6階のフロアに続く踊り場で足を止める。
6階はがらんどうとしており、人の気配などなかった。水浸しの廊下、誰かが蹴飛ばしたのか割れた電工看板、そして割れたガラス。非常灯が仄かに照らすその廊下には生き物の気配など感じ取れなかった。ジュリはチェーンソーを背から下ろすと、慎重にフロアへと足を踏み出す。次に結衣が日本刀を構えてフロアに足を踏み出したときに異変が起こる。結衣の頭に防火シャッターが落ちてきたのだ。コンマ数秒。咄嗟に気がついた巌が結衣の背を蹴り飛ばす。結衣の身体は吹き飛び、床へと頭から突っ込む形で床の上を滑っていく。
「兄さんっ!」
ジュリは固く落ちたジョンに向かって叫ぶ。チェーンソーの刃を防火扉へと当てると当たりには甲高い金属音と火花が飛び散り、程なくして拳ほどの穴が空く。
そこをジュリは顔を当てて覗き込むと、目の前に居るはずジョンの姿を探す。
「兄さん、何があったの?」
「急にシャッターが降ってきやがった。”降りて”じゃなく”降って”な。結衣さんは大丈夫か?」
「ええ。たぶん」
「……早いとこ、ここのシャッターに穴を空けてくれ。となりに居るでっかいおっさんが通れるレベルをな」
「良いわ。ちょっと離れてて」
ジュリはシャッターに大穴を開けるべく、チェーンソーの刃をシャッターへと当てると一気にエンジンを吹かす。
眩しいほどの火花と金属の擦れ合う金属音。数十センチシャッターを切断したところでジュリの手が止まる。それに呼応するように、今まで濡れた床に転がっていた結衣がのそりと立ち上がり、薄暗い廊下の先に視線を向ける。
「お客さん、みたいね。兄さん、悪いけどここの扉は開けられないわ。なんとかして防火シャッターを上げる手段を見つけてちょうだい」
「ああ、分かった。俺らが戻ってくるまでなんとか持ちこたえてくれよ? 巌さん、上にある保守室に行こう」
「結衣ちゃん、待っててねぇん!」
巌とジョンはさらに上階にある保守室を目指して踊り場から消える。
残されたジュリと結衣は闇の中から現れた1人の女性に対して身構える。
「火事があったら早く逃げないと死んでしまうんやない、あんた?」
結衣は身構えて香水をぷんぷんと匂わせ、胸元が大きく開いた如何にも水商売をしているだろうその女へと話かける。
裸足のその女は無言で一歩、また一歩ジュリと結衣に向かって歩いて来る。そしてピタリと立ち止まると、ぷるぷると震え始める。そして首が90度曲がり、首からは棘のような物が飛び出る。
「……ジュリさん、これって」
「女は魔性っていうけど、文字通りにならなくたって良いのにね」
女の皮膚を脱ぎ去った”それ”。ぬめぬめした深紫の肌に背にはコウモリに似た翼、そして鋭い爪を持つ”夢魔”がまぶたのない目でジュリたちを見ると襲いかかってきたのだった。




