21-3
ジョンは大きくため息を吐いて、こぢんまりとしたした商業ビルを一歩出る。ここは華の歌舞伎町の端。大通りから外れているためか、辺りは混沌としており、ポン引きが客を強引に店に引きずり込み、酔っ払いは喧嘩を至るところで始めている。
ジョンはいつものジーパンに白いシャツといったラフな格好では無く、紺のスーツに赤のネクタイ。そしていつものツーブロックの頭は、ワックスで整えられており、柄にもなく茶色のフレームの眼鏡を掛けている。
見た目は、ガタイの良いくたびれたサラリーマンのようであった。
「ここも外れだったか」
彼が出てきたビルには、いかがわしいネオンが煌めく。
そのネオンには大きく『キャバレー 百合』と照らされており、このビル全体がキャバクラやバーといった水商売関連の店であることが窺える。
音も無く路地裏から、1台の白のセダンがジョンの前に止まると、運転席からジョンに向かって女の声が響く。
「ご苦労様、兄さん。収穫はあった?」
運転席に座るのは、妹であるジュリ。
普段ならば、ジュリの方が情報収集といったこともこなすのだが、今回調査しているのは”水商売”の店。流石に女1人で入店することは出来ないため、今回は兄であるジョンが代わりに調査していたのであった。
「いや、駄目だった。次はどこだ?」
「臭いはあるんだけど、ね。なんだかおかしいわ」
「あらら、ここも駄目だったのかしらん?」
巌はそのガタイの良い身体を小さくして後部座席に収まっていたが、その隣に座る結衣は巌の身体に潰されて、済に追いやられており、不機嫌そうな表情を包み隠さずに巌を睨み付ける。
巌はその結衣の表情を見て小さく笑うとわざとらしくもじもじとお尻を動かす。その度に結衣の身体は圧迫されて、小さな身体がさらに小さくなる。そして結衣は無言で抗議の意味を含めて、日本刀の柄で巌の横っ腹を殴る。その”夫婦漫才”を無視してジョンは助手席へと乗り込んだ。
「とりあえず、今夜は撤収するぞ。 ……流石に一晩で5軒の店を回るのはきつい」
ジョンが助手席に乗り込むと同時に、ジュリは車を発進させる。
セダンは繁華街の喧噪から離れて、暗く静かな道を走り続ける。
ジョンはネクタイを緩めると、胸からタバコを出してジッポで火を点ける。大きく肺に煙を吸い込むと、紫煙を吹き出してあくびをついた。
「キャバレーだとか、スナックとか、ああいう店は苦手なんだがなぁ」
「まあ、でも兄さんしか店に入れないから仕方ないでしょう? 恨むなら、被害者と怪異を恨んでちょうだい。あ、あと後ろの2人もね」
ジョンは灰皿に短くなったタバコをねじ込むと、また新たにタバコを咥えて火を点ける。
後部座席では結衣と巌の醜いバトルが続いていたが、揺れる車内をジュリとジョンは意に介さない。
「あ~あ、今日までに何軒回ったんだ?」
「さっきので27件目ね。ちなみに覗いた路地の数はその倍ね。 ……っ!」
今まで軽快に車を走らせていたジュリは突然に急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。
車は大きなブレーキ音を立ててなんとか止まる。その衝撃で後ろの2人は座席へと強かに顔面をぶつけるのだった。
「痛いわぁ~、跡が残ったらどうするつもりなのぉ!?」
「あそこから”夢魔”の臭いがする」
ジュリが指さす先。そこには1人の少女がまさに路地の細道へと消えるところであった。
後部座席に居た巌、結衣。そしてすぐさまジュリとジョンはセダンから飛び出すと少女を追うのだった。




