ex3-10
――「と、まあ。こんな怖い話。どう、少し前に俺の大学の後輩に起きた話みたいなんだけど」
ねっとりとした梅雨の山中。
1台の真っ赤なベルファイア。そこには若い一組の男女。男の方は女の方を怖がらせるべく大仰に身振り手振りを交えて語り続ける。
「えー? その子は最後どうなったの?」
「さあ? 死んじまったんじゃねぇの」
「じゃあ、なんでその子がそんな変な声が聞こえたって話が広まってるのよ」
「んー。まあ、そんなこと良いじゃんか、なあ。ここ、滅多に人なんて来ない所なんだぜ」
「ちょっ、ん。 ……んっ」
男は女の唇に強引に自らの唇を重ねる。
濡れた吐息が二人の間に漏れ、舌を絡める音だけが真っ暗な車内に微かに響く。
「……んっ……んっ」
小さなあえぎ声。
人気のない場所。嫌が追うにも興奮は高まっていく。
「……こんあ、あっ。ところでぇ……?」
「ホテルまで我慢できるわけねぇだろ……」
2人の興奮は高まっていく。座席を1番後ろまで倒して後部座席へと2人して移動する。
お互いの服を脱がしあい、下着に手を掛けたとき。
コツン。
「はぁ、あっ。あんっ……あっ」
コツンコツン。
天井から小さな音が車内に響く。
木の実か、はたまた枝か。何か固い物が車に向かって落ちてきた。最初は興奮していたためにまったく気にも止めない2人だったが、女の方は流石にその音が気になり車外へと目を向ける。空には厚く雲が掛かっているせいで、そこはただ闇が広がるばかりであった。
「あっ。あんっ……あっ、なっ、なんの、音かしら……?」
「はぁ……どうせっ、木の枝かなんかだろっ……」
こつこつこうこつこつこつこつこつ。
突如車内に怪音がけたたましく響く。
どんぐりのように小さく、固いものが滝の様に天井を叩く。その音で興奮は一気に冷め、男は脱ぎかけたズボンを慌てて上げようとする。
「ひっ、っひ!」
男は慌ててズボンを上げながら車のエンジンを掛ける。
すぐさま車のエンジンは掛かり、車内灯が僅かばかり車外を照らす。呆けたようにずらした下着も直さずに居た女。だがふと天井を叩いていた音が己の横に来ていることに気がつくと、視線をそちらに向ける。
「あ……」
ちいさく女の口から声が漏れる。
己の顔の横の窓。そこには”ツブツブ”が居た。
「ひっ、ひっ」
窓にぴったりと張り付いた手の平型の”ツブツブ”。
手の平だけではない。車内灯に微かに照らされたツブツブの先。ブルーベリーをそのまま人型にしたかのような”ツブツブ人間”がそこに立っていたのであった。




