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--それからだ。
「……うっ……うっ」
厚いカーテンを窓に引き、真っ暗にした部屋で頭から布団をずっぽりと被った隆史が居た。
耳には耳栓をし、両目を固く閉じて両の手で耳を覆う。耳栓だけではない、そこらにある脱脂綿でも無理に詰めたのだろう。ガタガタと震える手の隙間からぽろりと血の滲んだ綿片が零れ落ちる。
(俺が……何をしたんだっていうんだよっ……?)
コンコン。
音のない、音をなくした隆史の部屋の世界。そこに部屋のドアが小さく叩かれる。
耳栓を何十にもして”通常ならば聞こえない”ようにした隆史の耳にはっきりとその”音”が入り込んでくる。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!?」
隆史は手元にあった目覚まし時計をドアに向かって投げつける。
ガチャンっと大きな音を立ててドアにぶつかった時計はそのまま砕けて床へと転がる。ドアの向こうからは小さな悲鳴とともにぱたぱたと人の気配が去る。隆史は布団を深く被ると”何か”から逃れるように爪でがりがりと頬を削る。
「……************」
(聞こえる、聞こえる……また)
ぼそぼそと何を言っているか分からない”女の声”。
それは先日、隆史が意識が混濁した中で出会ったあの声。
(あの日から、俺は、おかしくなっちまった)
照れ簿から流れる陽気な芸人の笑い声、あるいは耳元を吹き抜けるそよ風。人混みの雑踏、遠くを走る車のエンジンの音。
日常生活では何気ない音の中に”女の声”が混じる。最初はただの気のせい、そう考えていた隆史。だがそれも毎日、それどころか音が聞こえる度に”声”が混じっていたのでは流石に勘違いでは済まされない。
(なんで、どこも)
精神科、お祓い、心療カウンセラー……考えつくところはいくつも回った。
だが、隆史の耳に聞こえる声は良くなるどころか日増しに酷くなっていく。何を言っているか分からないだけだった”声”。それが段々と聞き取れるまでに大きくなっていたのだ。
「……***い*****む**」
(……え)
隆史の耳にあの声が”聞こえる”。
今までと違い、音を何も立てていないにも関わらずその声は絶え間なく隆史に囁き続ける。
(なんで、声が。音も、ないのに。 ……あっ)
隆史はすぐに気がつく。
鼓動。
その声は隆史の鼓動の音に合わせて囁いていた。そしてとうとう、その声が何を言っているのか隆史に聞こえたのだった。
「……***い*****む**し**ぃむ**ぃむし****ぃむしぃむしぃむしぃむしぃ」
(はぁ?)
『むし』という単語が聞き取れた直後、突然耳奥に痒みが走る。
ぞわぞわと大量の綿毛が耳の中を触る感触。同時に耳の奥から耳栓が押される。
「ああああっ!?」
直後、隆史の耳から耳栓が落っこちる。
そして続いて耳の穴から小さな”ダニ”が零れ落ちていくのであった。




