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ex3-8

――すっかりと日も暮れて、空も見えないどんよりとした曇り空の下を歩く1人の男。

チカチカと明滅する電灯の下で、時間を確認するためにスマートフォンを開く。



(21時23分、か。”お祓い”ですっかり遅くなっちゃったな)



 隆史は駅で徹と別れ、1人帰路についていた。

駅から歩いて22分。閑静な住宅街を抜ければ、すぐに着く見慣れた我が家。


 隆史は少し前に友人とともに受けたお祓いを思い出す。

神社の本殿で正座をした隆史と徹。その2人の前には純白の浄衣を着込んだ神主が大麻(おおぬさ)-棒の先に紙垂(しで)をつけたものを振り回して、”お祓い”をしてくれたのだった。薄暗い本殿の中、明かりはロウソクのみ。正座をしているせいか痺れた足を崩さないように堪えながら、神主の方をジッと見据えていた。



「かけまくもかしこき、いざなぎの……」



 神主が『祓え言葉』を口にしながら大麻を振り、正座をする2人に向かってお祓いをする。それが小一時間を過ぎた頃、神主はぺこりと頭を下げると一言、『終わったよ』。

そして隆史と徹に楽にするように声を掛けると『外はだいぶ暗くなってきているから気をつけて帰りなさい』と優しく声を掛けて本殿から出て行ってしまったのだった。




((たったそれだけかよ……))



 お祓いを受けた直後と今、同じフレーズが頭に浮かんでいた。

誘ってくれた友人には非常に悪いが”全くの無駄”にしか思えなかったのだ。



(はぁーあ、こんなことなら帰りにゲーセンに寄って気晴らしした方が良かったんじゃ……、ん)



 ふと気がつくと、先ほどまでは明るかった視界が薄暗くなっていた。

明滅している電灯の下に居るとは言え、まるで豆電球で辺りを照らして居る程度の明るさしかない。いや、電灯の明かりだけではない。自身の手に持つスマートフォンの画面、近くの家の窓漏れる明かりでさえも暗く、そして”黄みがかって”いた。



(なんだ、これ)



 目を数回しぱしぱと手の甲で擦るが、視界の異常は消えることはない。

黄色く暗い視界。動揺し、辺りを見渡すが自分だけが薄気味悪い世界に放り込まれたかの様に”音”が一切無くなっていた。先ほどまでは聞こえていた何処かから漏れていたバラエティ番組の芸人の下卑た笑い声、犬の鳴き声、車の通る音。それらの生活音、一切合切が消え去っていたのだ。




(なんだ、これ。なんだ、これ)



 さらに暗く黄色く、狭くなる視界。

音も聞こえず、ぐるぐると船に乗ったかのように足下が揺れる。立っていられなくなり、隆史は電柱にもたれかかるようにして地面へと腰を降ろす。




(きゅ、救急車。119を……)



 手に持っていたスマートフォンを弄り、なんとかして助けを呼ぼうと救急番号を押そうとするが、身体が言うことを聞かない。

なんとかして助けを呼ぼうともがいていると遠くから小さく、だが段々とはっきりした声が近づいて来るのが聞こえてくる。その相手は何かの鼻歌を口ずさみながら、上機嫌そうにゆっくりと近づいてくる。



(よ、良かった。誰か来てくれた……)





「たっ……す……」



 その鼻歌の持ち主、声からして若い女。ちょうど隆史の目の前に来たであろうタイミングで、隆史は擦れたか細い声が喉の奥から絞り出される。

声にならない声で、それでもなんとかして助けを呼ぶ。その鼻歌の女はぴたりと隆史の前で止まると鼻歌を止める。暗くなった視界でなんとか相手を見ようとした隆史であったが、さらに視界は暗く狭くなり相手の姿を見ることは出来なかった。



「……************」



「……え」



 相手の声が耳に”入る”。

その声を隆史は前に1度聞いたことがあった。家族や友人、それからテレビに出るような有名人の声でもない。聞いたのはたったの1度きり。だがはっきりと思い出すその声の持ち主。



(こいつ、俺が家で階段から落ちたときに聞いた女の声だ)




「……************」



 笑っているような泣いているような、震えた蚊の鳴くような声。何を言っているのかまるで分からない。

三度囁かれる女の声。隆史はその声を聞きながら、意識が闇の中へと放り出されていくのであった。

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