ex3-4
隆司が階段から落ちて2日後のこと。
頭に痛々しい包帯を巻きながらも、元気そうに実家の自室にいる隆史の姿があった。布団に寝転び、天井の蛍光灯をじっとみながらあることを考えていた。
(異常、なし?)
隆司は担当医の桜井との会話が頭を巡る。
それは昨日のことであった。
――……。
『ええ、鼓膜に損傷はありますが。脳内のCTスキャンも搬送時に撮影してあるので、先ほど再度確認しましたが特に問題はありませんでした』
個室で桜井と向き合いながら、隆司は驚いたような声を上げる。
『えっ、先生っ! 本当に異常はないんですか?』
『ええ、そうですよ。外科的な見地から言えば問題はないです。 ……大守さん。失礼ですが何か最近変わったこととかありませんでしたか? 例えば学業で悩んでるとか、人間関係とか』
『……えっと、つまり僕が精神的な病気だと?』
『その可能性もありますね。私は専門外ですから専門的なものはわかりませんが』
その言葉を聞いた隆史はがっくりと肩を落とすと、頭の包帯を手で押さえながらうつむく。
ただの疲れ? ただの気のせい? 幻聴? そう医者から診断されると確かにそんな気もしてくる。連日聞こえていたあの雑音も、心辺りはなかったが何か疲れから聞こえていたもので、あの階段から転がり落ちた日もまた、声が聞こえた気もしたが気のせいだと強く言われればそう思えてしまう。まるで吹けば飛んでいく砂上の楼閣のようだ。記憶が
『ちょうど良い機会ですし、入院中はゆっくりされたら如何でしょうか?』
桜井の優しいその声かけも、深く悩み込んだ隆史には小さくしか伝わらないのであった。
――……。
「まったく。今度は階段から落ちないでおくれよ!?」
「はぁーい、母さん、お休みー」
「おやすみー」
自室の外から母親が隆史に向かって声を掛ける。
その声は怒りつつも優しさが感じられる声色。そんな母の様子に日常に引き戻される気分になった隆史は、少しだけ安心すると就寝するために蛍光灯のヒモを数回引っ張る。
(……まあ、あの”音”も聞こえなくなったし、良かったのかな?)
時刻は深夜12時を少し回った頃。辺りは静まりかえり、聞こえるのは己の鼓動ぐらいなものであった。
隆史はゆっくりとまぶたを閉じると、実家に戻ってからも雑音が聞こえないことに安心して眠りにつくのであった。
その翌日の朝。
ぐっすりと寝込み、寝息を立てていた隆司は枕元に置いたスマートフォンのアラームで目を覚ます。昨晩飲んだ痛み止めのせいか瞼は重く、半ばまどろみながらスマートフォンの画面を操作しようと目を開ける。
(う、えぇ)
隆司はその瞬間、声にならないうめき声をあげる。
その理由は隆司の視界。視界が黄色一色になっていたのだ。だがそれも一瞬のこと。視界の異変を確かめるように瞬きをすると、まるで夢を見ていたかのように正常な視界となる。
(あ、あえ?)
数回、確かめるように手の甲で目をこする。
だが視界はまったくの正常のまま。隆司は首を捻って考えるが、ふと1限に抗議があったことを思い出して慌ただしく起床する。そして急いで着替えると、先ほどあった”黄色になった視界”について考えながら大学へと向かうのであった。




