第4章-3 水にストーカーされる女
そこまで話した富江はガタガタと震え始める。額にも脂汗が浮き、目に見えて顔色も悪くなる。
「せ、先輩。大丈夫ですか……?」
雅司は富江に声を掛ける。富江は、落ち着くためか、グラスに残ったお酒を一気にあおる。
「だ、大丈夫よ……」
「先輩、辛いなら話さなくても……」
「いえ……聞いて欲しいから話すのよ……」
――それで、佳奈と川の近くを歩いていた時なんだけど、佳奈が川から伸びた水に捕まったの。まるで川から透明な細い蛇が、佳奈を丸呑みにしたみたいだった。
目の前で、さっきまで普通に話していた相手が、消えるのよ? わ、私は、佳奈が水に連れて行かれるのを、ただ見ているしかなかった。
私はしばらく呆然として、座り込んでいたけど、急いで逃げ帰ったわ。
警察には、通報しなかったわ。だって頭がおかしいと思われてお終いでしょう?自分の家に帰って、そこから1歩も出なかったわ。
でも、先週になってメイから連絡があったの。死んだと思ってたって言うと、笑いながら『外で会わない?』って言われたの。外に出るのは、佳奈のことがあったから怖かったんだけど、会わなきゃ次は私が連れ去られる番だと思って……
それで、メイと会ったんだけど、彼女、前と違っていた。いえ、普通に話す分には前と変わらないんだけど、笑うと違和感があるのよ。なんでだろうって考えて居たんだけど、そこで気がついたの。笑う度に、口の端がイヤにつり上がるのだと。
メイに『メイ……あなた今までどこに行っていたの?』って聞くんだけど、『男のところに行っていた』とか言って話をはぐらかすの。
私は佳奈も居なくなっちゃった、とも伝えたんだけど、メイは『ふぅん?』って興味なさそうにするだけだった。おかしいの。そんな子じゃなかったのに……
で、とうとう私は怒って席を立ったの。そのとき鞄が机に当たって、机に乗せていた彼女の鞄が床に落ちちゃって……中身が飛び出しちゃったのよ。
慌てて『ごめん!』って言って、拾おうとしたんだけど、おかしな物が混ざっているのに気がついたの。
彼女、ペットボトルを2本持っていたの。500mlと350mlよ?透明な液体が中身いっぱいに入っていて……大きい方のペットボトルが、山に登った日に沢の水を汲んだものだと気がついて、ぞっとしたわ。
それで……手が止まっていたら、メイの手が伸びてきて、愛おしそうにそのペットボトルを手に取っていたわ。そこで……あの変な笑顔でペットボトルを抱いていたの。
私は……もう耐えきれなくなって、逃げたわ……
――これで私の話はお終い。
「ねぇ、私どうすれば良いの?」
涙目になりながら、富江は雅司の瞳を覗き込む。
雅司は時間が止まったように動けなかったが、頭をフル回転させてこの奇妙な出来事の対処法について考えていた。
そして、ある人物について思い出す。
「そういえば、こういうことに詳しそうな人を知っています」
「ほ、本当!?」
富江の顔色が一気に良くなる。
「今度、アポ取って聞いてきますよ」
「あ、ありがとう!横溝君、本当にありがっ……!?」
突然、富江の動きが止まる。富江が上を向くのと同時に、雅司も釣られて上を向く。
瞬間、富江がガタガタと震え、立ち上がると自分の鞄を掴んで帰ってしまった。
「本当に、雨漏りしてら」
雅司は富江が居た場所に滴ってくる、天井からの水を見ながらつぶやいた。