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20-10

 「そもそも”アリビアの聖テレサ”の右腕が日本に来たのは第二次世界大戦のまっただ中、と聞いていますわ。当時日本と同盟国だったイタリアはスペインの内戦に深く関わっていましたわ。そして当時のフランコ将軍の側近かあるいは近しい人物が、本物とすり替えてイタリアへと売り渡しましたの。そしてイタリアは同盟国である日本へとその腕を委譲した、と。当時は日本は国を挙げてそう言った物の収集、研究を行っていましたから。格好の献上物だったことは想像に難くありませんわ」



 鈴はそこまで一気に早口で話すと、ふぅっと小さく息を吸う。

そして言いづらそうにポニーテールに軽く手を触れると、ジュリたちに強く眼差しを向ける。



「ワタクシは以前、彼の経歴について話しましたわね?




「ああ、”奴が行く先々で血の厄災が巻き起こりました。日本のキリシタン弾圧、オスマン帝国のアルメニア人虐殺、第一次、第二次世界大戦……彼が関わるところには、死の風が吹き荒れた”ってやつだろう? それがどうかしたのか?」



「厳密に言えば、いえ、ワタクシの、篠生財閥の表と裏の力を使って調査したのですが、彼が直接どうこうしたという記録はありませんでしたの。姿は裏社会で散見されるものの、彼自身が何かを巻き起こした、という記述はありませんでした。しかし、虐殺や戦争といった歴史的な人死にの場にクラウティオ修道士が居たことも事実。今のこの”怪異の事件増加”とクラウティオ修道士との関係性、何か考えつきませんこと?」



「つまり、篠生さん。アンタが言いたいのはクラウティオ修道士が日本に居るから、それに伴って怪異事件が増加していると? 突拍子がなさ過ぎないか?」



「あくまでもワタクシの考えですわ。間違っているかも知れません。 ……ずっと前から考えていたんですの。何故、彼の命とも思える”アリビアの聖テレサ”の右腕をワタクシたちに預けたのか。それは”何で”かって。 彼がワタクシたちにあの腕を預けたのが正確には17年前のこと。この事実(ファクト)、貴女たちには心辺りがありますでしょう?」



 そこまで黙って聞いていたジュリはハッと気がついた表情を見せる。

そして”17年前”というフレーズにジョンもまた眉をひそめて反応する。



「17年前……お父さんとお母さんが殺された年」



「ここで俺たちの親父とお袋が絡んでくるのか……」



 ジョンは呻くように言葉を吐く。

ジュリとジョンの両親は”祝福されし仔ら”と闘い、命を落とした。だが”殺された事実”を知っていても、殺された原因についてジョンは一度も考えたことがなかった。代々の”退治屋稼業”、しくじれば待つのは死。『親父とお袋は自分たちの手に負えない怪異と出会った。ただそれだけだ』と。『ただそれだけだ』と考えようとしていた。『自分ならばそんなミスはしない』とも。




「恐らく、貴女たちのご両親は不穏な空気を感じ取ったのではないのでしょうか。人が大量に死んでいく死臭に似た、そんな不穏な空気を。そして自分たちでその原因を探しだし、そして”それ”と対峙することとなった。一方でクラウティオ修道士も大きな”ツケ”を支払うハメになったとのだと思いますわ。それこそ”自分の宝物”を持ち運べない状況まで追い込まれてしまった、と」




「全て合点がいく話だわ。まあ、合っているかは分からないけど、ね」




 ジュリは上半身を床から起こすと、半壊したチェーンソーを杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる。

立ち上がろうとして腹部に力が入ったのだろう。止血のために巻かれた包帯に一層の鮮血が滲み上がる。



「お、おい……ジュリ、どうしたんだ」



 ジョンはフラフラと立ち上がったジュリの肩へ心配するように手を置く。

その手をジュリは自身の手と重ね合わせると、力強く握り込む。



「つまり、私たちのやることは変らないってことでしょ? なら早く家に帰って休みたいわ」



「……ええ、そうですわね。今、車を回させますわ。行き先は明治病院で良いでしょうか? あちらのエレベーターで人目を避けて駐車場に出られますわ」



「ああ、頼む。 ジュリはああは言っているが、もし新しい情報があれば連絡してくれないか。こっちも何か分かればすぐに渡すから」



「ええ、承知致しましたわ。 ……お互いに柄じゃないことをすることになりそうですわね?」



「ああ、全く。世界を救う”正義のヒーローごっこ”は小学生で卒業したつもりだったんだがな。流石に今住んでる街が焼け野原になったら、ゲーセンのメダルゲームで遊ぶことすら出来やしないぜ」



「あら、ご両親の仇を取るとで言うのかと思いましたわ」



「”仇討ち”なんてそれこそ柄じゃないさ。俺もジュリもな。この稼業をやる以上、親しい人間が死ぬのも自分が死ぬのも承知の上さ。 ……ところで怪我したところが痛くなってきたし、早めに明治病院まで頼む」



「ええ、あちらです。一緒に行きましょう」



 そういってジョンと鈴は一足先にエレベーターへと乗り込んだジュリに向かってゆっくりと歩き出す。ジュリはエレベーターの『開』を2人が乗り込むまで押し続けて待っていた。

そして2人が一緒に乗り込んだのを確認するとすぐに『閉』ボタンを押す。ゆっくりと閉じるエレベーターの扉。その扉がぴったりと閉じた瞬間、自動で部屋の電気が落ちる。無人となり真っ暗となった地下室の固い床に、まるで水面に浮かぶように”本”がぷかりと浮かぶとすぐさま沈んでいく。後には元の固く冷たい床だけが残るのであった。

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