20-9
「それで、ワタクシに分かるようにもう一度説明して頂けるかしら」
鈴は頭に包帯を巻き、床に転がるジュリとジョンに声を掛ける。
先ほどジュリが壁にぶつかった際にクッション代わりにしたせいで強く頭を打ち流血したのだ。ジュリやジョンもまた腹部や四肢を蟲に貪り食われ、大量の流血をしていたが応急手当をしたことで会話を行えるぐらいには自力で回復していた。
「まあ、アンタの”朗読会”から分かったのは、”祝福されし仔ら”のあの男がクラウティオって名前の修道士ってことと”テレサ”っていう修道女を蘇らせようとしてるってこと」
「あら、そんな使い古したような良くある理由で、あの男は色々殺戮を繰り返してるんですのね。それで、その修道女に心辺りは?」
「1つあるわ。彼らは免罪符に反対していたわ。そして教会改革を促した”テレサ”。恐らくだけどその修道女はテレサ・デ・ヘスーラ」
「テレサ・デ・ヘスーラ? 誰なんだ、一体?」
ジョンは血の滲んだ包帯を痒そうに掻きながらのんびりとした調子でジュリに質問を投げかける。
ジュリはその質問に答えようと口を開くよりも早く、鈴が答え始める。
「”アリビアの聖テレサ”の方が有名ですわね。16世紀に改革者として生涯を通じて新しく20を越える修道院の設立、”明らかな豊かさと貧しさの拒絶”、つまりは修道者としてあるべき清貧さを訴えていたらしいですわ。とある歴史家に因れば、かの”宗教革命の立役者マルティン・ルター”とも仲が良かったとも言われてますわね。まあ聖女として今でも列聖されているのが”アリビアの聖テレサ”。 ……まあ、彼女の場合はある意味、死後の扱いの方が有名なんですが」
「なんだ? 死んだ後に蘇ったのか? だから聖人って言われてるのか?」
「違うわ、兄さん。”アリビアの聖テレサ”が有名になったのは彼女の遺体が墓荒らしに遭ったからよ。20世紀のスペインの独裁者フランコ将軍の手によってね。将軍は奇跡が起こると信じていたみたいだけどまぁ、彼が暗殺されずに”安らかに死ねた”みたいだから加護はあったんじゃないのかしら?」
「盗み出した聖遺体の一部――右腕をフランコ将軍が1975年に死ぬまで肌身離さずに居たという話ですわ。 ……表の世界では」
鈴の表情に暗い影が落ちる。
それはただ単に鈴の頭部から流れる血が額を伝って頬から垂れているせいではなかった。ジュリとジョンは鈴のこの言い回しに同時に眉をひそめる。
「……まず謝らせて頂きますわ。あの本の”所有者”もそしてその”所有者の目的”も何となくは分かってましたの。ワタクシたちは、”オルハ評議会”は元々怪異ですから、色々な物や情報を手に入れてましたの。この本を読んだのは確証が欲しかったから、ですわ。修道士の名はクラウティオ・パーカー、生涯を掛けて聖テレサとともに各地に修道院を建設し、死ぬまで彼女に付き添っていた4人の従者が1人、と歴史書には書かれていますわ。もっとも、テレサの死後に彼の行方は表舞台からは完全に消えますが。それに」
「それに? 一体何が言いたいのかしら」
「貴女たちも薄々気がついてらしてるのでは? ここ数年、怪異の発生が異常に増えていることに。あまつさえ、ベテランの”退治屋”さえ手を焼くような凶悪性と敵意を持った怪異が増えていることに」
「……親父やお袋が生きていた頃は確かに2、3ヶ月に1件の依頼があれば良かったほうだな。だからこそ、警察は容易に”怪異”の存在を隠蔽出来たし、人の目に怪異が触れないようにするのも可能だった。だが、確かに最近は多すぎるな。簡単に退治できる物を含めれば、怪異絡みの依頼は1週間に1件は起きているし。……楽して稼げてると思っていたわ、俺」
「その”怪異絡み”の増加がこの件に直接関係がある、と言いたいのかしら?」
ジュリのその質問に鈴はこくんと頷く。頷いた拍子に頭部の傷口が開いたのかさらに流血するが、頬を伝う血を鈴は気にも止めない。
そして少しだけ間を置いてから口を開く。
「恐らく、といっても100パーセントのうち90パーセントは彼のせいだと思いますわ。先日、ワタクシと”荷物”を送り届けて頂いた事は覚えていらっしゃるかしら」
「ああ、飛行機で遊覧して、燃える男と楽しく追いかけっこして、工場見学までしたんだ。そんな楽しい思い出を、俺たちが忘れるわけがないだろう?」
「なら、良かったですわ。あの時、運んで頂いた物、アレこそが”聖テレサの右腕”。 ”祝福されし仔ら”いえ、クラウティオ修道士が生涯以上のものを賭けて欲しがる、聖テレサの一部ですわ」
そこまで話すと鈴はふっと我に帰ったかのような表情になる。
そして鈴は応急手当をしたジュリとジョンの血塗れとなった腹部に視線を向ける。
「……そういえば、貴女たちはその怪我、大丈夫ですの? 今この場で話さなくとも、また別の機会に致しませんか?」
「”朗読会”をするだけでも、死にそうになるぐらいの大騒ぎ。次に、お互いにゆっくり話せるとは限らないわ。私たちの怪我は気にしなくて良いから最後まで話して頂戴。ね、兄さんも構わないでしょ」
「ああ、まったくだ。だがまあこんな怪我だし、手短にしてもらえると助かるがな。しばらくは”モツ鍋”を遠慮したいぐらい、自分の”モツ”を見たもんでな」
真っ赤に染まった腹部の包帯を指さしてジョンは面白そうに笑い始める。
それに釣られてジュリも鈴も口を押さえてクスクスと笑い声をあげる。少しの間だけ、3人の間には弛緩した、穏やかな時間が流れていく。よほど面白かったのだろう、鈴は笑いによって出た涙を拭うと指で拭う。そして涙を完全に拭った刹那、鈴は真剣な眼差しとなるのであった。




