20-8
ジュリは2人を見下ろす形で、幽体のようになりながら立っていた。
ジュリ自身が死に瀕しているためか、先ほどまでモノクロであった”幻視”の世界がモザイクのように所々鮮やかに色を取り戻していた。
『ああ、ああ。テレサ、こんな、なんで』
『……クラウティオ。ごめんなさい』
『テレサ、喋らないでくれ! 今すぐ、医者に連れて行くから!』
『ああ、私の愛しい……ク、ラウティ……。私の、教会、改革の夢……』
テレサはクラウティオの頬を優しく撫でると、ゆっくりと目を閉じる。
そして彼女の鼓動もまたゆっくりと終わりを告げる。そこにあるのはただただものを言わぬ冷たくなっていく抜け殻のみ。クラウティオは目から涙を――血涙を流してテレサにすがりつく。しばらく泣いていたクラウティオ。だがピタリと震えが止まり、血走った眼で冷たくなったテレサを見下ろす。
『……テレサ、貴女を何時の日か生き返らせる。例えこの身を悪魔に捧げようとも』
クラウティオはそう言い残すと、地下室から出て行く。
後に残されたのは死人と半死人のジュリのみ。
――ザザザ。
ノイズが、”幻視”が消えてなくなる。
「ぬぅおおおおおーっ!!」
目を覚ましたジュリの目の前に、弾切れを起こしたAA-12ショットガンを投げ捨ててデザートイーグルで応戦するジョンの姿が映る。
腕をムカデに齧り付かれ、足には怪魚が肉を貪る。その状況でもジョンは一切怯まずにデザートイーグルを吐き出し続ける。
「兄、さん……」
「ジュリ、ちょっとこいつぁマズいぞ! 昨日お前が焦したサンマよりもきつい状況だ!」
「兄、さん。私を、あそこに、投げて」
「うんっ!?」
ジョンは真っ直ぐに正面を見据えたまま、ジュリのお願いに眉をひそめる。
だがそれも一瞬の;こと。ジュリの意図を察したジョンは右手だけで引き金を引きながら、左手でがっつりとジュリの腕を掴む。
「分かった。思い切り行くぞ」
「ええ。”思いっきり”お願い」
ジョンはジュリの腕を掴むと力任せにある方向へと投げつける。
一直線に、まるで一個の弾丸の様にある方向へと投げられたジュリ。その先には。
「”朗読会”は、お終いよ」
その先に居たのは血の池に浮かんでいた鈴。
ジュリは鈴に向かってタックルするようにぶつかると、そのままもみ合いになる状態で反対側の壁へと衝突する。ちゃっかりと鈴をクッションにしたジュリはふらふらになりながらも本を探して辺りを見渡す。
「ほ、本は……?」
ジュリの視線の先、そこは先ほどまで鈴が居た血の池の中央部。そこには血の池の中に沈みゆく本があった。
その本は1度だけぷかりと浮かぶと、血の池へと沈んでいく。
「あっ」
「おおっ?」
本が沈んだその瞬間。
先ほどまで血の池が広がり、半透明の修道士が浮遊し、怪奇な蟲で溢れていた部屋が一瞬で元の真っ白な姿を取り戻す。
そこまで確認したジュリはゆっくりと意識を手放すのだった。




