20-6
混迷を極めていた。
鈴が本を読み進めるたびに、部屋には様々な異常が訪れる。血の池はさらに範囲を増し、物理的には床に薄く血が広がっているだけにも関わらず、サメのような背びれがいくつも水面から突き出していた。そして休む間もなく蟲たちがジュリたちの肉を食い漁ろうと四方からにじり寄ってくる。
さらに厄介なのは、”半透明”で宙に浮く修道士たち。その姿は”幻視”の中で見た面々であった。ショットガンで打ち抜いても、チェーンソーで袈裟切りにしてもゼリーを切るような感触を残すのみ。一旦は消えるものの少ししたら何事もないようにジュリたちの前に現れるのだった。
「いつまでこの”朗読会”は続くんだっ!? そろそろ弾が心元くなってきたぞ!」
ジョンは撃ち切ったショットガンのドラムマガジンを素早く新しいマガジンに取り換えると、足元に迫る蟲たちに向かって連射する。散弾で蟲たちの四肢や胴体がバラバラになり、緑色の体液がばらまかれていく。
ジュリもまたチェーンソーを振るうが、右目に映る”幻視”に意識を奪われかけていた。
「全体集会の校長の話よりかは短いんじゃないかしら」
”幻視”が見える右目から血と涙が混ざり合ったものを垂らしながら、ジョンの愚痴に冗談交じりに言葉を返す。
足や腕に食らいつく百足やゴキブリを振り払い、宙で丁寧にぶつ切りにしていく。
――ザザザ。
そうして、そうして。”幻視”の場面は進んでいく。
修道士たちは集まり、話し合い、悩み。そして、とうとう。修道士たちは装飾があつらえてある修道服を着た男―恐らくドネスティ副僧院長を手にかけたのだ。
『クラ***ィオ、……とうとう、****を……!』
『仕方なかった。仕方なかったんだ! 私はただ、話を聞いていただきたくて』
礼拝堂の真ん中で腹部から血を流したドネスティ副僧院長の前で血濡れのナイフを振りかざす”祝福されし仔ら”の男。その男の周りを数人の仲間の修道士が囲んでいる。
そして先ほどまで不明瞭だった彼らの声が、とうとう明瞭にジュリに聞こえてくる。
『クラウティオ、これからどうするつもりだ……』
(”祝福されし仔ら”の男、クラウティオっていうの?)
ジュリは裁断に隠れるようにして彼らの様子を窺う。
真っ青となった”祝福されし仔ら”の男、クラウティオ修道士。その周りの修道士たちも頭を抱えている。
『クラウティオ、なぜ突然副僧院長を刺したのだ……』
『人を手にかけた罪人が、罪なき子羊を導き手になれるわけがないだろう……』
『……わ、私は、この”問題”について、聞き入れていただきたくて』
じわりじわりとカーペットにドネスティ副僧院長を中心に血だまりが広がっていく。
だがその血だまりが広がるのと反比例に修道士たちは寄り添い、顔を突き合わせて議論を続ける。だが答えは出ず、延々と同じことをループしているばかり。その時、礼拝堂の扉が突如開け放たれる。
『だ、誰だっ!? ここには我々以外誰もいないはずっ!?』
クラウティオはいきなり現れたその”女”に向かって叫ぶ。
見た目は20歳そこそこのまだ幼さが残る女性。修道服に身を包み、胸にはロザリオを掛けた女性。その女性は床に転がるドネスティ副僧院長を一瞥すると、ゆっくりとクラウティオたちの元へ近づいてくる。ドネスティ副僧院長をまるでゴミのように踏みつぶしながら。
『邪魔だと思っていたドネスティ副僧院長を殺してくれるなんて、なんて都合が良いのかしら』
『はっ?』
『ああ、言うのを忘れていたわね。私は”テレサ・デ・ヘスス”。この修道院の堕落について正しに参りました』
――ザザザ。
そこまでジュリが”幻視”をしたとき、再度視界は暗転するのであった。




