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20-4

東京23区外、あ拝島。

工場地域に当たるその場所のとある食品工場の地下。壁や床、天井までもがまっさらで清潔な空間。ジュリがブーツで歩く度に、靴底から床と擦れる音が鳴り響く。



「にしても、”篠生(しのう)デリカ”の地下にこんな空間があるなんてね。もうこの会社のお総菜を見つけても、怖くて買えないわ」



 ジュリは黒地に赤くペイントされた大型チェーンソー”豪炎”を手に持ちながら呆れた様に辺りを見渡す。

工場の地下数十メートル。例え地上に核兵器が落とされようとも、些かの問題もない。逆を言えば、地下で何があっても問題にはならない。



「あら、ここで作るお総菜は美味しいでしょうに。ワタクシがいくつかプロデュースしているものもありましてよ」



 その空間の中央で、鈴は”古びた本”を手に持ちながらわざとらしく高笑いする。

嫌味と嫌みのぶつかり合いに、部屋の隅でデザートイーグルの装填を確かめていたジョンが、呆れたようにジュリと鈴に向かって声を掛ける。



「なあ、そこまでで良いだろ? さっさと仕事を始めるぞ」



「あら、”チェーンソーを振ることしか能のない人”とは違って、理知的ですわね」



「冬になったら、冬眠するんでしょう? そのために身体に無駄なぜい肉をつけているんでしょ」



「そこまでだっつてんだろ……。ところでその本、お目当ての場所までページを読まずに飛ばせないのか? さっきみたく精神面と肉体面の両方を責められると辛いんだがな」



 ジョンはデザートイーグルを腰のガンホルダーに戻すと、流れるように胸ポケットから取り出したタバコを指で摘まみながら疑問をぶつける。

だが、鈴は難しい顔をしながら首を左右に振る。そして手に持った本を片手でジョンに向かって放り投げる。



「なら、途中から開けるかどうか試されたら如何です?」



「おっとと……。おいおい、急に投げないでくれよ」



 ジョンはタバコを落としかけながら、放り投げられた本を上手く空中でキャッチする。

見た目はただの古びた本。ジョンは手に取ったそれをまじまじと見る。元は表紙に題名が書かれていたのだろうが、経年劣化のためか、あるいは別の理由か、掠れて読むことなどできなくなっていた。一部分だけ見えるのが、日本語でない別の言語。



「これ、スペイン人の修道士が出てきたし、スペイン語で書かれてんのか」



「ええ、そうですわ。それよりも早く本を途中から開けて見せてくださいな」



「ああ」



 ジョンは表紙を思いきり両手で掴んで中を開こうとする。だがいくらジョンが力を掛けても開くことはなかった。

まるで鉄板が溶接されているように、いくら力を籠めようとも開くことはない。そして本を開けることを諦めたジョンは鈴に向けてそのまま本を投げ返す。



「全然びくともしないな。1ページごとに読み上げなくちゃ、次のページにいけないと」



「ええ、そうですわ」

 


「ねぇ、ところでアナタはどのくらい読み進められたの? 仲間ぐらいいるでしょうに」



「ワタクシが1人で読み進められたのは10ページほど。仲間が居ても、これ相手では逆に足手まといですわ。読み始めたら最後、自分の意志では止めらなかったのですから。ワタクシを助けようとして数人が命を落としましたし」



 鈴は本を静かに床へ置く。っそうてスーツのジャケットを脱いで本にかぶせる様に床へ落すと、白シャツをめくってお腹を出す。

そこに現れたのは痛々しい血が滲んだ包帯で覆われた腹部。ぴったりと腹部にまかれていたために、腹部が異様に凹凸があるのを遠くからでも見ることができた。



「お腹を食い破られる感触と自覚はあっても、読むことを止められませんでしたわ。たまたま、照明が落っこちてきて本を手放さなかったらそのまま死んでましたわ」



「……そんなものを私たちの家で読んだの?」



「まあ、途中で止めてくれるだろうとは思ってのことですわ。何よりも一度見たほうが話しは早いですし」



 鈴はスーツを着なおすと、襟を正す。

先ほどまでと変わっておどけた雰囲気が鈴の顔から消える。そして一度だけ深呼吸をすると、本の1ページ目に手を掛ける。



「お二人とも準備はよろしいかしら? そろそろ始めますわよ」



 ジョンは答える代わりに背負った32連ドラムマガジン付きショットガン”AA-12”を構え、ジュリはチェーンソーのリコイルを引いて空ぶかしする。

それを肯定と受け取った鈴は1ページ目を開いて読み上げる。



『2月9日。主の教えの道はなんであるか。主にこの身を捧げて幾十年。主の声が聞こえない。我が国の修道院で、教会で、金品に目が目が眩んで免罪状などを出している。罪を償うには清廉と潔白だろうに』



 それと同時に照明が明滅し始め、壁からは奇妙な異音が響くのであった。


 

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