20-2
白いシャツにジーンズとラフな格好に着替えたジョンが、鈴を応接室へと招き入れる。鈴は下座のソファーに深々と座り込むと、足を交差させる。
そしてパンツスーツの内ポケットから1枚の写真を取りだして、机の上に置く。
「何の写真だ? こいつら、修道士っぽい格好はしているが」
ジョンはその写真を手にとって鈴へと尋ねる。
モノクロの、被写体がぼやけた写真。小さな円卓を立った姿勢で囲んだ数人の人物が写されていた。彼らは一様にゆったりとした余裕のあるワンピース状の服――裾が長い、それは修道服。モノクロのため彼らが胸に掛けたエプロンの色は分からずに宗派は分からないものの、被写体の彼らは熱心そうに各々の持つ十字架を力強く握りしめていた。
「正確にはこれは絵画を写した写真ですの。被写体となった彼らは16世紀頃のスペイン人たちと聞き及んでいますわ」
「ふぅん、それで? これで絵はがきを作りたいって言うんだったら、ウチに送ってこない限り止めやしないが」
写真を鈴に戻すと、ジーンズのポケットからくしゃくしゃとなったタバコを取り出すとそのままジッポで火を点ける。
紫煙をくぐらせながら、ジョンは興味もなさそうに天井へと煙を吐き出した。
「そんなふざけた理由でこんな”狗小屋”のように狭いところに足を向けるとでも? 本題に入らせて頂きますわ。アナタたちにお願いしたいのが、ワタクシの護衛ですの。彼らから」
鈴は悠々とタバコを吹かすジョンに写真を指す。ジョンは怪訝な顔をしてタバコを灰皿に立てかけると、首を捻る。
「篠生さん、アンタさっきこの写真の修道士は16世紀の人間って言ったよな? こいつらに何故襲われるって言うんだ? アンタなら大抵のことは1人で解決できるだろう?」
「ええ。1人じゃ無理だからお願いしているんですの」
「意味が分からない。もっと詳細を聞かせてくれ。わざわざ俺らのところまで来るってコトはそれなりに大事なのは分かるけどな」
コンコン。
応接間の扉が2回叩かれ、間を置かずにおぼんにティーカップ3つとポットを携えたジュリが中に入ってくる。鈴、ジョン、そしてジョンの隣に自身のカップを置くとそのままポットのミルクティーを注ぐ。髪を後ろに1つにまとめ、ショートパンツに紺のパーカーという兄にも勝らぬラフな格好で、客である鈴の前へと立つ。そしておぼんを机の隅へと置くと、そのまま兄の横へと座る。
「あら、気が利きますのね?」
「どっかの誰かさんみたく、アポなしで朝一に押しかけたりするなんてマナー知らずじゃないわ。お客さんには”どう思っていようとも”お茶ぐらい出すわ」
「うぅーん、これ安い茶葉しか使ってませんわねぇ」
ジュリの嫌みを無視して鈴は注がれたミルクティーを口にして、逆に嫌みを言う。
ジュリはイラッとした表情を浮かべながら、ミルクティーに砂糖を入れる。
「……それで、こんな朝早くに何の御用かしら。挨拶に来ただけなら、たたき出すけど」
「まあまあ、落ち着けやジュリ。篠生さんは仕事の依頼に来たんだ。話だけでも”落ち着いて”聞こうや。な?」
「そうそう、慌てたりイライラしていたら良くないですわよ。では、お二人ともお揃いですし、ここで1つ契約内容を言わせて貰いますわね」
鈴は口につけたティーカップを机の上へと置くと、自身の横に置いたトランクを開く。
そして机に札束を10個、そして積んだ札束の横に鎖で何十にもがんじがらめとなった分厚い1冊の本を並べて置く。本の外装はかなりボロボロとなっており、手垢や汚れ、日焼けで表紙の元の色が分からないほど劣化していた。
「報酬は一千万、依頼内容はこの写真に写る彼らからワタクシの護衛ですわ。お願いできるかしら?」
ヒュー♪
ジョンは積み上げられた札束を見て口笛を吹く。半分一方でジュリは眉をひそめながらも札束の1つを取り、指で一気にお札を捲る。
「あらあら、偽札なんてないですわよ?」
「そこは疑ってないわよ。アナタの表の仕事ぐらいは知っているもの。問題はそこの本よ。依頼にそこの本が関係してるのは分かるんだけど。またどこかにアナタが行くまで護衛をすれば良いのかしら」
「いえ、移動は特に必要ありませんわ。この本を読み上げるまで、ワタクシを守って欲しいだけですから」
「……まあ、鎖で封印されている時点で碌なものじゃないのは分かるわ。まあ、これだけ貰えるなら依頼は受けるわ。でも、ここで読むのに危険はないの?」
鈴は胸ポケットから金色の小さな鍵を取り出すと、本に取り付けられた 錠前へと差し込む。
カチリと錠がが開く音が室内に小さく響き、ジャラジャラと金属が触れ合う音がして鎖が床へと落下する。残るのはただ1冊の古びた本。
「触りだけならそこまで問題はありませんわ。じゃあ、読みますわよ」
「「えっ?」」
ジュリとジョンは同時に声を上げる。
その声を気にも止めずに鈴が本を開くと同時に、窓から差し込んでいた眩しい朝日が陰っていくのをジュリとジョンは気がつかないのであった。
 




