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19-8

パトカーの中で待つ雅司。必死になって矛盾が生じないような言い訳を考える。もし、雅司の嘘が露呈すれば雅司を連れてきた意味がなくなる――思いを寄せたジュリに嫌われてしまう。



「ここには昆虫採集に来て、それでたまたま目に付いた廃屋に夜まで一休みするために入って……」



 雅司はぶつぶつと独り言を呟きながら、なんとか言い訳を考え抜く。試験時間残り5分で白紙の問題に挑むような、それよりも真剣な気持ちで考えていた。

コンコン、と後部座席をノックする音。振り返ると見知らぬ少女を抱えた清水の姿。そして後部座席が開かれるとそのままその少女を後部座席へと寝かせる。雅司はその少女の丁寧な扱いから、その子が清水の娘、悠だとなんとなく分かった。



「あっ、お帰りなさいっ。えぇと、娘さんは無事に見つかったんですね」



「ああ。おい、”鼻垂れ”。言い訳は考えたか? もう少ししたら通報するぞ」



「あっ、はい。それはなんとか……。あれ、ジュリさんは?」



「あいつらなら犯人を手足を縛って持ってくるってさ。ほら」



 清水が指さす先。

そこには口から血を吐き出し、顔面がぼこぼこになった中年が手足をビニールテープで縛られてジュリとジョンによって引きずられている姿があった。ジュリは右足をジョンは左足を持ち、わざと犯人である上成を地面に引きずる。



「おーい、清水のおっさん。コイツどうする? 2、3発殴っておくか?」



「兄さん、さっき10発ぐらい殴っていたじゃない。もう十分でしょ」



「……お前、さっき脅しがてらにチェーンソーでコイツの爪削ってただろ。可哀想に漏らしてんじゃねぇか」



「爪が伸びてたから、削ってあげたのよ。兄さんみたく殴るよりか”優しい”でしょうに」



「お前ら、今回のこと本当にすまなかったな。お前らのお陰で娘の悠を無事に見つけられた。本当にありがとう」



 言い合う2人の前で深々と頭を下げる清水。

その様子を見てジュリとジョンは少しだけ照れた表情を見せる。



「なんだよ、そんなに改まって。清水のおっさんらしくねぇ」



「まあ、良かったわね。それで通報はもうしたの?」



 ジュリはワザと逸らすように別の話題へと逸らす。



「あー、これから”鼻垂れ”がするみたいだ。おい、早く通報しろっ!」



「えぇ……なんで僕怒られたんですかね」



 雅司はぶつくさと文句を口にしながらも携帯電話で警察へと電話する。

不気味なものに出会ったこと、命を助けられたこと、たまたま犯罪現場に出会したこと。それらを頭の中で描いた”練習”通りに相手へと伝える。



『……分かりました。すぐに付近の警官を向かわせます。その場で待機してください』



 通報を受けたオペレーターはそう言い残すと通話を切る。

雅司は通話口で鳴る電子音を聞きながら、ホッとした表情を見せて通話を終える。



「とりあえず、連絡をしましたよ。なんとか言い訳も言えましたし」



「おう、”鼻垂れ”。お前もありがとな。今度焼き肉でも奢って……うん?」



 雅司が通報を終えて数秒。近くから静寂を切裂くサイレンの音。

余りにも早いパトカーの到着。そのことに雅司以外の3人は身構える。そしてそのパトカーはサイレンと赤色灯をつけながら、ジュリたちのパトカーへと横付けされる。そして、そのパトカーから降りてきたのは若い警官と先ほど会った加茂川。加茂川は嫌らしいねっとりとした視線を雅司、悠、ジュリ、ジョン、そして最後に清水へと向ける。



「明夫さん、俺言いましたよね? ドン・キホーテ(こいつら)を犯罪現場に連れてくるなって」



「いや、加茂川。ここは俺の現場だ。そこの”鼻垂れ”が襲われてるってジュリたちから連絡が入ってな。急いで来てみたら、()()()()捜査一課(お前ら)が追っている犯人とかち合っちまったんだ。しかも、俺の娘を拉致した犯人だと。こりゃあ、日頃の行いが良いお陰かな? なに、目撃者も居るし、犯人もガイシャたちの遺品を身につけている。俺らは関係ない。すぐさま立件も出来る。まあ、お前らの現場を荒らしちまったことは謝るが。ま、俺も仕事だったんだ、許してくれや」



「……そんな見え透いた嘘が通るとでも? このことは内部監査に報告させて貰いますよ」



「ああ、好きにしてくれ。ところで、だ。早いとこ救急車を呼んでくれないか、娘を病院に連れて行きたいんだ」



「それは良いですが、落ち着いたらすぐさま調書を取らせて貰いますよ。”通報”の内容と矛盾があれば、明夫さん、貴方は終わりだ」



「そんなことより、これ。早く引き取ってくれない? ”業務外”のことをやらされて、私たちは疲れてるのよ」



 険悪な空気に割って入るようにジュリは足下に転がった誘拐犯――上成を指さしながら加茂川に声を掛ける。

加茂川は清水からジュリの方へとじろりと視線を向ける。



「お前ら、捜査一課(俺ら)の領分を荒らすなって話したよな? 脳みそがスポンジで出来てんのか、ああ?」



「あらあら、()()()()()の義務を果たしただけで、そんなに怒らなくても良いじゃないの。あ、更年期なのかしら? なら、仕方ないわね」



「おいおい、ジュリ。いくら見た目が不健康そうなおっさんでも更年期はちっと早いんじゃねーか? ほら、たぶんあれだ。カルシウム不足だろ」



「そうかもね。いくら見た目が老けていても更年期にはまだ早そう」



「……いつか、お前らを立件してやる。覚えてろ。おい、そこの犯人を後部座席に移せ。ぐずぐずするな」



 加茂川は一緒に来た若い警官に苛つきを隠さずに指示する。

若い警官はびくりと跳ねるように動くと、上成を後部座席へと移す。



「清水さん、今回の事件で貴方のキャリアにも大きく傷が付いたのは分かりますよね?」



「元から傷物だ。今更傷ついたところで未練はないさ。それに今回は俺に非はないことは分かってるしな」



「……まあ、後でまた署で会いましょう。あと、お前ら3人。お前らも調書を取るから後で出頭しろよ」



「何も犯罪を犯してないのに出頭なんてしないわよ。そこは”お願いします”じゃないの?」



「……おい、早く出せ。こんな脳みそスポンジの奴らと会話をしていたら、こっちまで脳みそが腐る」



 来たときと同じように加茂川が乗ったパトカーは赤色灯を灯し、サイレンを鳴らしてその場を去って行く。

そしてそれと入れ替わるようにサイレンと赤色灯を灯した救急車が、パトカーへと横付けされる。



「通報を受けてきました! 怪我人はどこです!」



「ああ、このパトカーの後部座席だ。早いとこ病院に連れて行ってやってくれ」



「分かりました! おい、担架を!」



 白衣を着た救急隊員は別の救急隊員へと声を掛ける。

手際よく担架を救急車から降ろすと、後部座席から悠を担架の上へと移し替えてすぐさま救急車内へと移送する。



「それではすぐに病院に患者を移送します!」



「あ、待ってくれ。俺はこの子の父親だ。俺も一緒に病院に付き添いするぞ」



「分かりました、では一緒に乗ってください」



 清水は悠とともに救急車に乗り込むと、そのままこの場を去る。

後に残されたのはジュリとジョン、雅司だけ。所在なさげにしていた雅司は口を開く。



「えぇと、この後どうします?」



「決まってるでしょ」



「えっ?」



「帰るのよ。あ、雅司君もウチでご飯食べてく? もう遅いしね」



「行きます!」



 雅司は一気に元気となり、パトカーの後部座席へと乗り込む。

その雅司の様子を見てジュリはクスクスと笑い、ジョンはなんとも言えない表情を浮かべる。



「じゃあ、兄さん。帰りの運転はよろしくね」



「あー、わかった、わかった」



 ジョンは運転席へと乗り込むとエンジンを掛ける。

そして帰路を目指してパトカーは走り出すのだった。





――ジュリの家を目指してパトカーが走り出して1時間ほど経った頃。

ジュリのスマートフォンに清水から連絡が入る。



『おお、ジュリか。悠は命の別状はないって医者から言われたよ』



「あら、良かったわね」



『今回の件じゃ迷惑を掛けたな。ジョンと”鼻垂れ”にも俺が礼を言っていたと伝えておいてくれ』



「ええ、分かったわ。取りあえずお礼のことは良いから、悠ちゃんに付き添っておきなさいよ。彼女、今が1番不安な時期でしょう?」



『ああ、そうだな。また落ち着いたら会おう』



 通話が切られ、ジュリはバッグにスマートフォンを戻す。



「兄さん、悠ちゃん無事だって」



「ああ、聞こえてたよ。にしてもあの俺らを目にしていた刑事、なんとなく嫌な予感がするな」



「そうね。まあ、今日は早く帰って休みましょう」



 ジョンはアクセルを強く踏み込む。スピードメーターは170キロを指していた。高速道路上とはいえ、かなりの速度。

そうしてパトカーは夜の闇へと消えるのであった。

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