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ガチャリとパトカーの運転席のドアが開く。それに続いて後部座席のドアも続いて開き、車内に新鮮な空気が満ちる。大きな音を立ててパトカーへと戻ったジュリジョン、清水の3人。
今まで助手席で身体をを小さくして隠れていた雅司がそのことに気がつくと顔を上げる。
「あっ、お帰りなさい」
「おい、”鼻垂れ”。こっちに警官は来なかったか?」
「えっ、はい、たぶん」
清水はその答えを聞くと己の髪の毛をぐしゃりと掻く。
そして、パトカーのエンジンキーを回すと後部座席へと振り返る。
「それで、悠のことは追えそうか?」
「ええ、ゆっくり目に走ってくれれば追えるわ。血の一滴でも流れていれば1キロ先でも分かるしね」
「なあ、清水のおっさん」
「うん、なんだ、ジョン?」
清水はサイドブレーキを解除して、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
前を見据え、フリントガラスに微かに映るジョンを見ながら耳を傾ける。
「もし、誘拐犯を見つけても感情的にはなるなよ?」
「……ああ」
清水は抑揚のない声で答える。
ジュリやジョンはおろか、一般人の雅司にさえ、その『忠告』は聞かないであろうと予感させる、その声色。ジュリは小さくため息を漏らすと、窓を開けて顔を出す。
「まあ、取りあえず臭いは追えるわ。『証拠を追えば、捕まらない犯人はいない』って言うしね」
「お前、それ昨日のお昼に見ていたドラマの台詞だろ。んで、清水のおっさん、俺らが居るんだから早まったマネはするなよな」
清水は返事を声に出さず、むごんで頷くだけ。
車内には重い空気が満ちたまま、4人を乗せたパトカーは血の臭いを追って走り出す。”血の臭いが続く道”は高速道路は避けて、住宅街や人取りの少ない閑散とした道路を走っていた。まるで監視カメラを嫌がるように、人の少ない、商店が少ない道を行く。誘拐現場は住宅街であったが、気がつけば辺りには田んぼや畑が疎らながら目立ち始める。
「臭いが段々とはっきりしてきたし、そろそろ近いかも」
「もうそろそろ日が暮れるな。奇襲するにはもってこいだが、清水のおっさんどうするよ。応援を呼ぶか?」
「捜査一課に言い訳を取り繕えなくなるからな。応援はナシ、だ」
清水のハンドルを握る手に力が籠もる。
そして日が暮れかける中、パトカーは高尾山の麓。廃屋と見まごうばかりの一軒家から離れた場所に音もなく停車するのであった。




